
有限差分法コードFLAC 第11回 ~三次元の現場は最初から三次元でそのまま扱う~
弊社のアライアンスであり、かつては共同で大阪事務所を開設していた太田ジオリサーチの太田英将社長は、「三次元のものは最初から三次元でそのまま扱う」というテーマで日経コンストラクションのコラム記事「IT御意見番」にて以下の論評を述べておられます。
「三次元のものは最初から三次元モデルで設計することにより、従来の二次元の手法で障害となっていた様々な問題が解決できる。」
では、「従来の二次元の手法での障害とは何でしょうか?」
先のコラムにて太田社長は次の3点を挙げておられます。
- 最初は二次元の図面でクライアントと打ち合わせをするが、最終段階になって物の形が見え始めてからの仕様変更に非常に多くの労力とコストがかかる。
- 二次元の図面では修正が重なると図面どうしの整合性がとれなくなることもある。
- ある程度の情報が欠けた二次元情報に基づいて細かな議論を行う場合、二次元化によって情報の欠けたことが議論の前提を壊していないかどうかに対する非常に高度な思考が必要となる。
数値解析を仕事としている著者のような立場で最も重たい課題は、3の内容であろうと思います。いまだ数値解析の現場は二次元が主流であり、3の表記にあります「非常に高度な思考」こそが時には「工学的判断」と称して数値解析技術者の腕の見せ所のように考えられてきました。
今まで容易に「三次元の現場を最初から三次元でそのまま扱うことが出来なかった」ことにはそれなりに理由があります。たとえば、
A) 三次元解析は二次元解析に比べてコストや時間がかかる、
B) 自然に近い三次元モデルを作成することは容易でない、
C) 大容量の解析モデルを扱え,高速で解析できるソフトやパソコンが無い、
・・・・などが考えられます。
A)に関しては、これは当然と言えます。断面数無限の二次元解析が三次元解析です。コストや時間が不足している場合や三次元解析を実施するほどの重要性がない場合などは、二次元解析で十分かと思います。
B)に関しては、地盤内の地質構造を金太郎飴のように、ある特定の断面を押し出すのではなく、可能な限り自然の状態をモデルすることが可能になりつつあります。今まさに著者のところで実施させて頂いている業務の中に、高速道路トンネルの坑口部において掘進が地すべり土塊の挙動に与える影響を解析的に評価することを行っております。この三次元モデルはトンネル部が地すべり土塊のすべり面で完全に切断されています。すなわち、坑口部が地すべり土塊の内部に位置し、地すべりの方向(主測線方向)とトンネルが斜交している状況をリアルにモデル化しています。これを実現しているのは、適切な地質モデル作成ツールの適用と高度なメッシュジェネレーション技術の存在です。これに関してはまた別の機会にお話させて頂きます。
C)に関しては、FLAC(正確にはFLAC3D)はこの課題をほぼ解決しています。先ほど述べましたトンネル坑口部の地すべり解析は約400万の四面体要素、海外の鉱山会社からお受けしている鉱柱採掘時の安定性を検討する解析では、900万超の六面体要素から成る解析モデルで実施しています。クライアントの方から、解析モデルの規模を「何節点・何要素程度にしてほしい」などといった指示は一切ありません。というよりはそんなこと指示は出しようがないでしょう。

ただ、三次元解析の実施を前提として、採掘面など主要な部位は最低でもこの程度の精度で結果を得たい、実際の施工状況を可能な限り再現した解析を実施したい、などの要望・条件を頂いて作成した解析モデルが、結果として400万要素や900万要素になったということに過ぎません。これを実現するFLAC3Dの技術は次の2点です。
(1)64ビットのパソコン、OSに対応
(2)マルチスレッド化で計算実行
なにやら小難しい用語ですが、(1)の64ビット化は早い話、パソコンに搭載したメモリをほぼその大きさいっぱい使うことが可能であるということです。従来の32ビットパソコンは、例えば4GBのメモリを搭載していてもWindowsの制限により使用できるデータ領域は2GBまでです。64ビットパソコンですと、正確な言い方ではありませんが搭載したメモリを使用するにあたり制限はありません。図-1をご覧下さい。FLAC3Dにおける要素数と使用メモリの関係を弊社で調査した結果です。これによりますと、前出の鉱柱採掘解析の方は約27GB、トンネル坑口部の地すべり解析は約4.6GBのメモリ使用が必要です。弊社では、32GB,次いで16GBのメモリを搭載したFLAC3D専用機を装備しておりますので、この程度の大規模解析モデルに対しては十分な対応が可能です。

図-1 FLAC3Dにおける要素数と使用メモリの関係
次の(2)のマルチスレッド化ですが、大規模解析モデルともなると、当然のことながらそれ相応の計算時間がかかります。これを解決する方法としてCPUを複数備えたパソコンは相当以前から市販でも出回っていました。しかし当時のものは2つのCPUに対して2つの解析を同時に実施することには有用であったと言えますが、1つの解析に対して同時に複数のCPUを使用できた訳ではありません。先に述べました弊社所有のFLAC3D専用機はCPUというよりコア(頭脳の数)を8個搭載しております。FLAC3D開発元の米国Itasca社の公式Webでは、コアを2つ使用した場合の計算速度はコアを1つだけ使用した場合の計算速度に比べて平均1.8倍の計算速度が向上するとあります。弊社でもテストモデルを作成してかなり調査しましたが、ほぼ同じ結果が得られております。ここでご注意頂きたいのは、コアの数を順次倍に増やしても必ず1.8倍ずつ向上するということでは無いようです。
今回は、三次元の現場は最初から三次元でそのまま扱うことを支える技術について述べました。地盤内の地質構造を精度よくモデル化する場合などに不可欠な四面体要素も、著者の業務(斜面防災)に欠かせない技術です。地形や地質構造をより現実的にモデル化する場合などは、四面体要素の利用なしでは実現できません。次回は、このテーマに関してご紹介させて頂きます。
1) 太田英将:IT御意見番, 「三次元のものをそのまま三次元で描く利点は」,日経コンストラクション,pp.101, 2007.11-9号,2007
2) Itasca Consulting Group公式Web