コラム

有限差分法コードFLAC 第10回 ~なぜFLACなの?~

数値解析/有限差分法編/第10回担当:中川光雄(2007.04)


このシリーズも今回で10回目を迎えることができました.これもひとえに毎回我慢強く読んでくださる皆様のお陰です.この場をお借りしまして御礼申し上げます.このシリーズに関しては,当面,話題が枯れ果てることはないと思います.
今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます.


ところで,最近,何人かのお客様から,同じような質問を受けました.


「毎回シリーズを読んでるけど,なんでFLACなの?」


これには著者も反省させられました.「FLACでやってもらうとどんな良いことがあるの?」と問われていると受け留めさせて頂きました.今まで理詰めでキチンと書いてきたことがどうやら仇になったようです.お詫び申し上げます.


まず,著者がおよそ13~14年前にFLACを始めた理由は至ってシンプルです.それは,弾塑性解析を頼まれて,自重解析のような最初の段階から「収束しませんでした.収束しない,つまり崩壊状態となっている原因(塑性の発生部位や範囲)は不明です」とお客様に報告せざるをえないのは何ともイヤダ,ということでした.「なんでFLACなの?」に対します現時点での著者の提言は,適切性ということと必要性ということであると考えております.つまり,FLACを使った方がより的確で素直な解析ができる,ということと,FLACを使わなければその解析ができない,ということです.前者は適切性であり,後者は必要性であることがご理解頂けるかと思います.具体的な項目を以下に箇条書きでまとめてみました.しかしそうなるとやはり理詰めで書くことになってしまいます.ご容赦ください.


(1)平衡状態を得るということに関して
ここ最近は弾塑性解析でやるということが当然のような傾向になってきています.このことの是非はさておきまして,平衡状態となるべき問題に対しましては平衡状態が得られればいいのですが,厳しい解析条件であれば自重解析の段階であっても塑性領域がかなりの範囲に広がったり,あるいは,すべりが局所的に発生して,平衡状態が得られないこともあります.平衡状態が得られないと言いましてもFLACの場合,応力が降伏面上に存在する状態で塑性変形が増大していますので,計算として発散しているのではなく,解析結果として崩壊現象が得られるということです.この場合,解析モデル中のどの部位に塑性変形が増大していくかがビジュアルに表示できますので,これに基づいて解析条件を見直すことは可能かと思います.例を挙げますと,トンネル掘削解析で地表に急勾配の地形が局所的にあり,見栄え上,これを真面目にモデル化したとします.自重解析をやったところ,この急勾配の地形に塑性が発生して円弧すべり状に速度ベクトルが発生している結果がビジュアルに見られます.こうなると,この局所的地形はトンネルには何ら影響を与えないのでどうにかするという判断が成り立つわけです.ところで,斜面問題などは,「平衡状態が得られるべき問題」ではありません.斜面方向に少し変形して平衡状態となるのかあるいは塑性変形が徐々に増大し最終的には崩壊に至るのかは,解析の結果次第です.


(2)3次元解析ということに関して
パソコンの性能やプリポストが年々向上しています今日では,3次元解析を実施するということはかつてほど大変ではなくなったように思えます.そうは言いましても,現場の地形・地質構造を少しでも取り入れた解析モデルを作成しようとすると,解析モデルのサイズ(節点数や要素数)は必然的に大規模となってしまします.FLAC3Dは連立一次方程式の計算処理が不要ですので(第3回を参照して下さい),大規模モデルに対してもモデルサイズの限界がPCのもつメモリ容量のみに依存します. ここ最近の例をご紹介します.先日実施しました3次元弾塑性トンネル掘削解析では15万節点のモデルを使用しました.15掘進程度でしたので,計算時間は半日程度でした.15万節点のモデルとうのはFLAC3Dの3次元モデルとしては大きな方ではありません.また,つい最近完了しました水平領域1.3Km四方・最大比高約500mの山岳モデルに45秒間の地震動を入力し,表層付近の応答加速度や山体崩壊を評価しました.全部で5現場を実施しましたが,その中で最も大きなモデルは約75万節点でした.もちろん,解析モデルには地質構造がモデル化されています.計算時間は,自重解析に半日,動的解析に約3日を要しました.広域の崩壊危険度予測の観点から,解析領域としては数km四方の山全体を一括してモデル化することが望ましく,これは防災における社会的要請でもあると思います.この内容は,第42回地盤工学研究発表会(名古屋,本年7月),第62回年次学術講演会(広島,本年9月)にてご報告させて頂きます.


(3)大変形解析ということに関して
大変形解析でやるしかないという場合,大変形解析でやった方が良い場合があります。通常の微小変形解析では,動くことのない節点座標1つ1つに対して「節点変位」が解析結果として得られます.解析結果はこの節点変位を使って変形図や変位コンター図を描かせます.これに対して,大変形解析では節点の座標が時々刻々と動いていくことになります.地盤が動くということはそういうことではないでしょうか.3つの例を順番にご覧頂きます.まず,図-Aをご覧下さい.


図-A 崩壊過程
図-A 崩壊過程

斜面の上に家屋が建っていますが,集中豪雨により地盤内の地下水位が上昇したとします.ここでは,地盤が緩んで斜面崩壊が進展していく様子をシミュレートしています.円弧すべり計算や微小変形弾性解析で安全率の分布を求める方法では,崩壊する範囲は恐らく(崩壊過程1)で示されている初期の崩壊での崩壊範囲に近い形ですべり面が得られるのではないでしょうか.この場合,住宅の安全性はギリギリセーフということになります.しかし,FLACによる弾塑性・大変形解析では,塑性変形の蓄積としてすべり変位量が序々に増大していく現象がシミュレートされますので,(崩壊過程3)に至るまで解析結果として得られ,この家屋の安全性はアウトということになります.


図-B 地すべりと交差するトンネルの解析例
図-B 地すべりと交差するトンネルの解析例

2番目の例として,図-Bをご覧ください.地すべりブロック内に地すべり方向と交差する道路トンネルを施工する場合,掘削により大規模地すべりが発生する懸念があります.この例では,上半40%掘削解放時に初生型地すべりが発生しました.斜面のどの部位がどのように崩壊するかがビジュアルに分かりますので,対策工を検討しやすいかと思います。また,地すべり抑止坑や押さえ盛土など対策工の効果をこの解析で検討することが可能です.


図-C 再活動型の地すべり
図-C 再活動型の地すべり

最後の例として,図-Cをご覧ください.前回のこのシリーズですでにご覧頂いた再活動型の地すべりです.移動層が塑性変形しながらもほぼ一体化して移動している様子が分ります.


(4)FISH(フィッシュ)と呼ばれる小道具に関して
 FISH(フィッシュ)と呼ばれる簡単な内蔵言語が機能の一部として用意されています.荷重の載荷方法をきめ細かく自動制御したり,解析結果の出力方法に趣向を凝らしたりするものです.私どものような数値解析業務を稼業とするものにとっては,お客様のご要望にきめ細かく対応できる小道具として必須のアイテムです.


今回は,予定を変更致しまして「なんでFLACなの?」というお客様からの基本的かつ重大な質問に平易な形でお答えさせて頂きました.このシリーズはそもそも,「なんでFLACなの?」にお答えすることを目的として執筆してまいりました.これらの4項目のうち,どれが適切性に該当し,どれが必要性であるのかはケースバイケースですので,ここでは決めてしまうことは致しません.次回は,最近の解析例をご紹介させていただきます.