コラム

有限差分法コードFLAC 第8回 ~大変形解析(その3)~

数値解析/有限差分法編/第8回担当:中川光雄(2006.06)


前回に引き続き,大変形解析の話をさせて頂きます.今回は特に要素のゆがみが大きくなった場合の2つの限界について述べます.大変形解析を取り扱うことのできる連続体の解析コードには自ずと要素のゆがみに対して制限があります.FLACも連続体の解析コードですので,事情は同じです.著者はFLACには2つのタイプの限界があると考えています.1つは,要素の形状変化に対する制限です.これを以下のa)で説明いたします.もう1つは,前回応力の回転補正について述べましたがこれに起因した適切な応力-ひずみ関係が維持できる限界です.これを以下のb)で説明いたします.


a) 要素の形状変化に対する制限
図―1をご覧下さい.FLACでは,1つの4辺形要素は定ひずみ三角形要素a,bから成る4辺形要素と定ひずみ三角形要素c,dから成る4辺形要素の2枚が重ねられて成り立っています.このような重ね方をしたのは応力の対称性を保証するためです.4つの三角形要素の応力を平均化して1つの4辺形要素の要素応力が出力されます.これは2次元解析の例ですが,3次元解析になりますと,定ひずみ三角形要素が定ひずみ三角錐(テトラ)要素となり,1つの6面体要素は三角錐要素10個から構成されます.要素として成り立つための制限を2次元解析で述べますと,「三角形要素a,bが潰れたとしても、三角形要素c,dのそれぞれの三角形の面積がもとの4辺形要素の面積の20%以上であれば4辺形要素として成立する」という規約です.この規約に抵触した要素が1つでも検出された時点で,適切な応力-ひずみ関係をこれ以上表現できないとの観点から、計算を停止します.これを図―2の例で述べますと,変形パターン1の場合はc,d組のうちdは潰れていますがa,b組は生き残っています.変形パターン2の場合はa,b組のaとc,d組のdはともに辺形要素の面積の20%を下回りやすい状況です.ですから,変形パターン2は制限に抵触しやすい変形パターンと言えます.


図-1 要素の重ね合わせ
図-1 要素の重ね合わせ

図-2 要素変形の制限
図-2 要素変形の制限

b) 応力の回転補正に起因した適切な応力-ひずみ関係が維持できる限界
大変形解析ではせん断変形の進行に伴い要素の回転が大きくなり,従って応力の回転を補正する必要があることは前回に述べました.この回転補正にはJaumanの応力速度と呼ばれる式を使っています.ところが,このJaumanの応力速度には,変形の進行に伴って応力が振動することが知られています1),2).例えば,弾性体を単純せん断した場合は図―3に示しますように,応力成分は正弦波状に振動しており,線形関係を呈しているのはせん断ひずみ100%程度までであることが分ります.


図-3 Jauman応力速度を用いた等方線形弾性体の単純せん断変形
図-3 Jauman応力速度を用いた等方線形弾性体の単純せん断変形1)

では,Jaumanの応力速度を回転補正式として採用しているFLACではどうなのでしょうか.そこで,前出の図―3で示しました単純せん断変形の供試体をFLACにより用いて1つの要素でモデル化して実施してみました3).せん断ひずみを600%となるまで載荷した結果を図―4に示します.図―3と全く同じ結果が得られています.与えられた問題は線形弾性体ですので変形を与え続けるために必要なせん断外力は単調に増加すべきでしょう.因って,FLAC関しては図―3の状況に合致してせん断変形の限界ひずみは100%程度であると言えそうです.


図-4 FLACによる等方線形弾性体の単純せん断変形の解析結果
図-4 FLACによる等方線形弾性体の単純せん断変形の解析結果

次に,せん断する供試体を64個の要素でモデル化して図―5に示しますようなせん断変形与えてみました.解析結果を図―6に示します.ここで縦軸のT/Gは上辺での節点力のx方向成分の総和Pxを供試体の幅Woで除した平均的なせん断応力Tをさらにせん断弾性係数Gで除したものです.載荷せん断ひずみe=1(100%)を少し超えた時点からT/Gが少し増加し,やがて急激に低下して段差を生じる結果が得られています.64個の要素は全て異なった不均一な変形をしていますのでT/Gというマクロ的な指標によって信頼性の限界を判断するには無理があるかと思います.次に要素変形の様子は図―7に示します.供試体の中央部が腹み出すような変形を呈しています.解析領域の中央部では,要素は菱形に近い形状となっており,最大主応力方向が要素境界と平行とはなっていない点で妥当な結果と言えます.また,左右の自由境界付近の要素では,自由辺直行方向が最小主応力方向となっており,これも妥当な結果と言えます.


図-5 せん断変形の解析モデル(一部加筆修正)
図-5 せん断変形の解析モデル(一部加筆修正)4)

図-6 FLACによるせん断変形問題の解析結果(載荷せん断ひずみe-応答T/Gの関係)
図-6 FLACによるせん断変形問題の解析結果(載荷せん断ひずみe-応答T/Gの関係)

図-7 FLACによるせん断変形問題の解析結果(変形の様子)
図-7 FLACによるせん断変形問題の解析結果(変形の様子)

これより,剛体回転の補正を考慮したことの重要性を知ることができます.せん断ひずみ120%を超えると,右上部と左下部に局所的なゆがみが目立つようになりますが,主応力方向の境界条件との整合はほぼ合致しています.


回転補正のあり方については,先に示しました文献等で議論されていますが,土質・岩盤工学ではこのような変形レベルまで取り扱うことは希なことだと思います.最後に,明瞭な地すべり地形を呈していない斜面での初生すべりの解析例をご覧ください.水位上昇により有効応力が低下して崩壊が発生する斜面の各崩壊過程でのせん断ひずみの分布を図―8に示します.これより,信頼のあるひずみの範囲が100%程度までであると考えると,崩壊ステージ4~5あたりまでが信頼できる解析結果であると言えそうです.しかしこの時点ですでにすべりの範囲が明確になっていますので,崩壊の発生とその範囲を評価する目的は達成されていると言ってよいでしょう.


図-8 水位上昇による斜面崩壊の過程
図-8 水位上昇による斜面崩壊の過程

これで大変形の話はおしまいにしたいと思います.次回は,不連続面を取り入れた解析のお話をしたいと思います.FLACは連続体の解析コードでありながら不連続面要素を定義すれば個別要素法のように接触判定しますので,大きく滑ったり剥離したりする状況が再現できます.潜在地すべりや活動地すべりなどの地すべり地形の挙動を計算が発散することなく再現できます.




参考文献
1) 黒田充紀:変形する物体の客観応力速度について,構造工学論文集, Vol.A37,401, pp.401-408, 1991.
2) 後藤 学:スピンについての一考察,日本機会学会論文集,52A/476, pp.1134-1141,1986.
3) 中川光雄:Itasca社 Dr.P.A.Cundallとの交流メモ.
4) 西村 強,木山英郎,藤村 尚:流動要素法の増分仮定の検討と大変形解析の適用,材料,第48巻第4号, pp.323-328,1999.