
有限差分法コードFLAC 第7回 ~大変形解析(その2)~
前回は、有限変形理論の本質を棒部材の例題を引用して説明させて頂きました。復習の意味も込めて、大変形理論の必要性を述べてみます。「微小変形理論」は読んで字のごとく変形が微小である事を前提にしています。釣り合い式を考えるときに、図―1のような微小な立方体を考えて立方体の各面の面積(dx1dx2、dx2dx3、dx3dx1)に基づいた応力を定義するわけですが、微小変形では相対する面が同じ面積かつ平行であると見なしています。つまり形が変わってしまうということは一切考えません。このため、釣り合い式も単純な形になります。ところが、変形が大きくなると面の面積が変わる上に面の向き(力の方向)も変わってしまいます。因ってこの立方体の歪みの影響はもはや無視出来ないということになります。つまりは、「微小変形理論」を使うわけにはいかないということになります。

図-1 大変形解析が必要となる場合
今回は、FLACではどのように大変形解析を実現しているのかをご説明致します。そこでまず、物体の変形ということを考えてみましょう。どんな変形が発生するとしても、変形はそれが微小であるか大であるかは別として、図―2にありますように「伸び・縮み」、「ゆがみ」、「剛体回転」の3つのモードが複合したものであると言えます。ここでは、微小(伸び・縮み・ゆがみ)+微小(剛体回転)を微小変形、それに対して、大(伸び・縮み・ゆがみ)+大(剛体回転)を大変形と考えます。このことを踏まえますと、FLACは増分法による定式化に基づく解法を用いていますので、微小増分変形を時々刻々と積み重ねることによって大変形を実現するという考え方を採用しています。すなわち、節点力増分過程、応力増分過程の各増分では従来の微小変形理論(微小変形・微小回転)をそのまま適用できることになります。ただ1つだけ考慮しなくてはならないことがあり、それは、「剛体回転に伴う応力の補正」という操作が必要となるという点です。このことは、後に詳しく説明いたします。

図-2 解析モード
ところで、節点力増分過程、応力増分過程の各増分が微小変形・微小回転であることを保障する条件は、計算時間きざみΔtを式(1)により規制していることです。この式の本来の使命は陽解法で定式化した場合の解が安定して得られる条件です。

ここで、mは最小質量、kは最大剛性を示します。
具体的な操作を以下のa)~e)の5つの項目で示します。
a) 座標系の取り扱い
昨年11月にこのFeel&Thinkで掲載しました岐阜大学沢田先生執筆の「流体力学で解く地盤の大変形」では、座標系が空間に固定されていて物体が変形しても要素が変形しないEluer座標が使用されています。それに対してFLACでは要素が変形する前に占める座標位置を規準として要素が移動・変形することで物体の変形を表すLagrange座標が使用されています。さらに、微小変形の各増分毎にその座標値を式(2)により更新して、次の段階では変形後の状態を参照基準として増分変形過程を取り扱う方法があります。このように座標系を逐次修正しながら計算を進める方法はUpdated-Lagrangian(移動座標)法と呼ばれています。

ここで、xiは座標、uは変位を示します。
b) ひずみ速度の定義
FLACでは、材料構成則にインプットする情報は「ひずみ」ではなく「ひずみ速度」です。刻々と変形している各状態で、式(3)にありますEulerのひずみ速度を用います。Eulerのひずみ速度は線形な定義ですので、微小変形解析と同様な取り扱いが可能ということになります。

ここで、uは変位、eijはひずみテンソルを示します。
c) 応力の定義
応力は物体が変形することによって発生しますので、時々刻々と変形している各状態で応力を定義するのが自然な考え方であると言えます。このため、応力には幾つかの定義方法が用意されています。ここでそれらを詳しく述べることは致しませんが、大変形解析といっても従来の微小変形解析と同様な応力の定義を用いることかできれば、取り扱い上これが一番簡単です。冒頭でも述べました通り、1変形増分あたりを微小変形・微小回転として取り扱うとこが可能です。そこで、刻々と変形している各状態に対して変形前の力のベクトルを変形前の面積で序したCauchy応力を使用します。
d) 応力の回転補正
図―2に示しました変形の3つのモードのうち、剛体回転の影響が無視できなくなる場合は回転による応力の補正を行う必要がでてきます。このことをご理解頂くために簡単な例を挙げますと、今、σxxみが発生している物体が1つあるとします。これを変形させないで軸まわりに反時計方向へ回転させたとします。この物体は全く変形させていませんので物体内部の応力状態は何ら変化が起こらないはずです。しかし、全体座標系(X-Y)を参照して応力を表示すると、もはや回転前のσxxではないはずです。例えば、回転前にσxxのみが発生していた物体が90度回転すると、σyyと表示されなくてはなりません。逆もまた同様です。そこで、図―3に示しますように、微小回転の各段階で回転後の座標系(X'-Y')で表示される応力は、微小回転の都度全体座標系(X-Y)で表示されるように補正しなくてはなりません。これは、「客観性の原理」と呼ばれており、式(4)を用いて補正します。ここで、(4a)の左辺は、空間固定の全体座標系(X-Y)を参照した応力テンソル、右辺第1項は微小回転した座標系(X'-Y')についての応力テンソル、右辺第2項の括弧内はJaumanの応力速度と呼ばれる2つの座標系の応力テンソルの差です。各微小回転で回転補正がなされた後は回転後の座標系(X'-Y')はもはや存在しません。

図-3 剛体回転の補正


e) 応力-ひずみ関係
1増分あたりの変形を微小としたFLACでは、地盤材料の力学特性は、微小ひずみ増分とこれに対応する応力増分を関係付けるものす。因って、微小変形解析で用いられている従来の応力-ひずみ関係をそのまま用いることが可能です。
地盤を対象とした数値解析を取り扱う中で要素が大きく歪んだり回転したりすることが要求する状況は幾つも考えられます。ここでは代表的な例であります斜面の崩壊シミュレーション2)を2つ示します。

斜面の崩壊シミュレーション1
最初の例は、自重による初期応力状態(平衡)の後、最大振幅500gal、振動数4。0Hzの地震動をモデル底面に与えた場合です。要素が大きく歪んで回転している帯状の箇所が見られ、その上にある崩壊土砂はほぼ原型と留めて法尻の方へ動いていく様子が分かります。この明瞭に現れた帯状の箇所はすべり面です。すべり面に該当する箇所の要素が大きく歪んだり回転したりしているのが分かると思います。

斜面の崩壊シミュレーション2
もう1例は実在の地山に対して巨れき混じり土砂あるいは強風化岩からなる実在斜面を対象として風化による強度低下を条件として与えて3次元解析を試みたものです。地山強度の低下は本来時間依存性があり、斜面全体の強度が一様に低下するものではありませんが、ここでは簡単のため自重による初期応力状態(平衡)の後、強度を瞬時一様に残留強度に低下させてみました。これより、崩壊が進展するに伴い崩壊の範囲が法肩から法先の方へ拡大・変動している状況が再現されています。
次回は、もう少し解析例を加えて微小変形解析と大変形解析を比較した例、FLACによる大変形解析の限界などを解説したいと思います。
1) 中川光雄・蒋 宇静・江崎哲郎:大変形理論の岩盤挙動および安定性評価への適用、土木学会論文集、No.575/Ⅲ-40、 pp.93-104、1997.
2) 中川光雄・蒋 宇静:大変形解析を用いた斜面の崩壊予測、第35回岩盤力学に関するシンポジウム講演論文集pp.109-114、2006.