コラム

流体力学で解く地盤の大変形

防災・減災編/第1回担当:沢田和秀(岐阜大学・地盤工学研究室 助教授)(2005.11)


現在では、数値解析技術が高度に発達し、様々な地盤の挙動をシミュレーションにより予測することが可能になっています。他分野でも広く用いられている有限要素法(FEM)は、地盤の数値解析手法としても強力なツールであり、これまでに高度化された構成式と組み合わせることにより、地盤の変形を精度よく解析することが可能です。しかしながら、地盤の大変形問題に関しては、現在の数値解析技術では表現が難しいという現状です。地盤工学の分野で広く普及しているLagrange的な解析メッシュと微小ひずみ理論に基づく解析手法は、もともと大変形を扱うのに適していないのです。


岐阜大学・地盤工学研究室(以降、我々の研究グループ)では、従来の考えから脱却し、地盤の変形解析に対して、流体力学をベースとした変形解析手法を提案しています。流体の動きは、地盤材料を基準に考えればほとんどが大変形となります。そのため、流体の解析には、Eluer的な解析手法が広く用いられています。Eluer的な解析手法は、座標系が空間に固定されており、物体が変形しても解析メッシュが変形しないため、メッシュのゆがみに制限を受けることなく解析できます。もともと大変形を解くための流体の解析手法を、地盤の変形解析に適用し、大変形を対象とした解析手法を提案しました。


提案している解析手法は、CIP(Constrained Interpolated Profile)法をベースとしたものです。CIP法は、数値流体力学の分野で開発された解析手法です。CIP法の最大の特徴は、物理量の空間的な補間を行う際に、物理量の一回空間微分値を使うという点です。スプライン補間と同じように聞こえますが、その違いは微分値の計算方法にあります。CIP法では、支配方程式を微分し、一回空間微分値に関する支配方程式を導出し、もとの方程式と連立させることにより微分値が計算されます。スプライン補間が人工的な滑らかさを作り出しているのに対して、CIP法は物理法則に基づいた滑らかさを作り出していると言えます。この独特の補間方法により、精度のよい解析が可能であるため、CIP法は数値流体力学の分野で広く用いられており、現在もその進化は留まるところを知りません。我々の研究グループでは、この高精度な解析手法であるCIP法を地盤の変形解析に適用しています。


既に開発された解析手法を使っているわけですから、そんなに難しいことではないと思われるかも知れませんが、対象が流体ではなく、地盤材料であるため一筋縄にはいきません。まず、地盤材料の変形挙動をどのようにモデル化するかという問題があります。そこで、地盤材料を「せん断抵抗を有する流体」と仮定してモデル化を行いました。幸運なことに、Bingham流体というせん断抵抗を有する流体が存在し、その挙動を数学的に記述することができます。さらに、このモデルに、地盤工学で有名なモール・クーロンの破壊基準を導入することにより、地盤材料の変形特性を表現できる流体モデルを構築しました。これにより、地盤材料の内部摩擦角と粘着力というわずか2つのパラメータで、地盤材料の変形特性を表現しています。これらのモデルを流体の支配方程式に組み込み、CIP法をベースとした解析手法を開発しました。実は構築した流体モデルを支配方程式に組み込む際に、いくつかの数値解析上のテクニックが必要となりますが、ここでは省略させて頂きます。1)2)


では、CIP法ベースの解析手法を用いて行ったシンプルなシミュレーション結果を紹介します。円柱の供試体が重力により変形するときの挙動を表現しました。ニュートン流体(水)が、もともとの解析手法のベースとなっています(図-1)。モデルに粒状性(図-2)と粘性(図-3)を考慮すると、このように変形します。もちろん、両者を同時に考慮することも可能です。


図-1 ニュートン流体崩壊
図-1 ニュートン流体崩壊

図-2 粒状材料崩壊
図-2 粒状材料崩壊

図-3 粘性材料崩壊
図-3 粘性材料崩壊

解析結果は、粒状材料および粘性材料の変形特性を適切に表現していることがわかります。入力値として与える内部摩擦角と粘着力の値によって、変形挙動や最終的な形状をコントロールすることが可能です。


次に示す結果は、提案手法を用いて実際に発生した土砂流動の再現解析を行った結果です。対象とした土砂流動は、2003年5月26日に宮城県内陸北部で発生した土砂流動です。以下に、土砂流動後の現場の写真と解析から得られた土砂の到達距離の時間変化を示したグラフを示します。比較のために、実際に観測された到達距離についても示しています。


土砂流動現場の写真
土砂流動現場の写真((有)ミヤギエンジニアリング撮影)

到達距離の時刻歴
到達距離の時刻歴

この再現解析の結果は、実際の土砂流動の挙動とよく一致しており、特に到達距離に関しては非常に高い精度で現象を再現していることがわかります。これにより、土砂の流動挙動や流動後の表面形状を精度よく再現できることが確認されました1)2)


次に土砂の衝撃力に関する実験とその再現解析について示します。土砂災害などの被害予測では、到達距離のほかに、流動土砂が構造物に衝突した際の衝撃力の算定が重要になります。我々の研究グループでは、模型斜面を作成し、地盤材料を斜面に沿って流動させ、その時の衝撃力を計測すると同時にその形状も観察しました。そこで、提案した解析手法を用いて模型実験の様子を再現し、それぞれの結果を比較しました。下図は、実験と解析から得られた土砂の衝撃波形を示したものです。実験では、5種類の斜面角度で豊浦砂を流動させてデータ計測しました。もちろん解析も同条件で行っています。


実験結果から得られた土砂の衝撃波形
実験結果から得られた土砂の衝撃波形

解析結果から得られた土砂の衝撃波形
解析結果から得られた土砂の衝撃波形

解析により出力された衝撃波形は、実験結果とよく一致しています。また、流動中の表面形状についても精度よく再現できることが確認されています3)。現在のところ、提案した流体力学ベースの解析手法を、上記のように主に斜面災害シミュレーションに適用し、その有効性を確認しています。


上記で紹介した流体力学ベースの解析手法は、決して万能なものではありません。Eluer型であるが故に、変形の履歴情報がないことや、地盤を一相系の流体と仮定しているために、有効応力的な概念はないという欠点があります。また、ダイレイタンシーも表現できません。しかし、わずかなパラメータで地盤の大変形挙動を再現することができるという大きな利点を持っています。


次に示したのは地盤中への剛体貫入を表現したものです。見やすいように、断面で表現しました。それぞれ、ニュートン流体への押込み(図-4)、粒状地盤への貫入(図-5)、粘性地盤への貫入(図-6)です。それぞれの特徴を良く表現できています。まだまだ改良しなければならない部分がありますが、地盤内部のへ杭やサンプラーの貫入といった問題についても適用できる可能性があります。このように、限られた条件の中では信頼できる解が得られることが確認されており、今後の改良しだいでは複雑な問題に対しても適用できる可能性が十分残されている解析手法です。


図-4 ニュートン流体貫入半断面
図-4 ニュートン流体貫入半断面

図-5 粒状材料貫入半断面
図-5 粒状材料貫入半断面

図-6 粘性材料貫入半断面
図-6 粘性材料貫入半断面

尚、弊社では平成16年度より、産学連携による技術開発や最先端技術の提供を行う一環として、岐阜大学との産学融合事業を行っております。上記の解析手法を用いた受託解析も承っております。お気軽にご相談下さい。




参考文献
1) K. Sawada, S. Moriguchi, A. Yashima, F. Zhang and R. Uzuoka:Large deformation analysis in Geomechanics using CIP method, JSME International Journal, Fluids and Thermal Engineering, Special Issue on CIP, Series B, Vol.47, No. 4, pp.735-743, 2004
2) S. Moriguchi, A. Yashima, K. Sawada, R. Uzuoka and M. Ito:Numerical simulation of flow failure of geomaterials based on fluid dynamics, Soils and Foundations, Vol.45, No.2, pp.155-165, 2005
3) Fluid dynamics based analysis and experiments of geomaterial flow, K.Sawada, S.Moriguchi, A.Yashima, M.Ito & S.Hadush, S.Inoue & Y.Inoue, Proceedings of International Conference on Landslide Risk Management, Landslide Risk Management Supplementary Volume, CD-ROM, 2005.