コラム

有限差分法コードFLAC 第6回 ~大変形解析(その1)~

数値解析/個別要素法概論編/第6回担当:中川光雄(2005.09)


前回のコラムで告知しておりました第11回IACMAG国際会議※1(2005年6月19日-24日にイタリア・トリノで開催)に、発表を兼ねて参加してまいりました。実際現場に適用されている解析手法のうち、半数以上がFLAC・FLAC3D※2によるものであったことをここに報告させて頂きます。


さて、今回からは、土質や岩盤の解析にFLACを用いる大きなメリットの1つである「大変形解析」について説明いたします。大変形解析は有限変形解析とも呼ばれており、ベースになっている理論は、有限変形理論です。それに対して、斜面の地すべり、液状化による地盤の沈下や側方流動、土被りの小さなトンネル掘削による地表の陥没が無理にでも小さいものであると仮定すれば、微小変形理論に基づく「微小変形解析」を用いることになります。多くの地盤解析用FEMコードは、微小変形解析を実施しています。では微小変形解析と大変形解析の違いとはいったい何でしょうか?それを一言で言ってしまえば、地盤や構造物が刻々と変形していく上でそれらの形状の変化をつりあい式に「導入するか」、「導入しないか」ということです。勿論、導入する方が有限変形理論です。有限変形理論は実際現象をより忠実にモデル化しようとする姿勢であり、微小変形理論は計算を単純化できますが適用範囲が限定されることに留意する必要があるということです。このところを改めて表―1にまとめました。そうは言いましても、一般的には有限変形を考慮して連続体力学の問題を解くことは非常に面倒なようです。その最大の理由は、解くべき式(例えばつりあい式)が高次の非線形となってしまい、厳密解を得ることは困難を極めます。解くべき式が形状の変化を導入したことにより非線形となることを「幾何学的非線形」などと呼んだりします。そこで、なるべく精度のいい近似解を求めることになるのですが、それを実行するにも色々と工夫が要求されるようです。


表―1 大変形解析(有限変形理論)と微小変形解析(微小変形理論)の違い
  大変形解析(有限変形理論) 微小変形解析(微小変形理論)
目的 実際現象を忠実にモデル化する 計算を単純化する。しかし、適用範囲が限定される
定式化 地盤・構造物の形状変化をつりあい式に導入する 地盤構造物の形状変化をつりあい式に導入しない

次に、大変形解析と微小変形解析ではいったいどれほど結果に差が現れるのかという疑問が湧いてきます。これにお答えするには、2本のトラス材に集中荷重を載荷した場合の沈下量を求める例題が最適です。京都大学田村武先生の教科書1)にて、荷重の載荷に伴い発生する沈下量における両者の差異が掲載されていますので、以下はそれを紹介させて頂きます。(著者が以前に公表した論文2)にも、同様の例題が掲載されていますので、ご参照下さい。)


図―1に示す2部材の対称トラスに鉛直荷重Pが作用する。載荷前には両端の支点を結ぶ長さ2aの水平線からθ0の方向にw0だけ下がった位置に節点がある。


図―1 角度のある2本のトラス1)
図―1 角度のある2本のトラス1)

荷重Pが作用すると節点は鉛直にさらにwだけ沈下し、部材の角度はθになったとする。載荷後に部材に発生している引張力をSとすると、沈下完了時の状態における鉛直方向の力のつりあい式は、


式(1) (1)

である。微小変形理論であれば変形前の部材の角度θ0を用いてよいので、つりあい式は、


式(2) (2)

となる。これより部材力は、


式(3) (3)

として求められる。ところが、有限変形理論では式(1)の角度が未知であるため、つりあい式のみから部材力Sを求めることはできない。ここでは形状変化を部材の角度θのみで表現するため、部材はヤング率Eの弾性体とし、その断面積は一様に一定の大きさAとしておく。変形完了時の部材力Sは、


式(4) (4)

である。ここでδは部材の伸びであり、変形前後の部材の長さによって


式(5) (5)

となる。なお、


式(6) (6)

式(7) (7)

と表される。また、


式(8) (8)

であるから、つりあい式(1)は、


式(9) (9)

あるいは全てを沈下量で表現して、


式(10) (10)

となる。これを未知数である沈下量wについて解くことになる。なお、微小変形理論を用いれば、


式(11) (11)

のように簡略化され、未知数である沈下量wについて線形となる。


図―2にはw0=aにおける有限変形解析(大変形解析)と微小変形解析の解の比較が示されている。沈下量w/が0.05以下であれば両者の差はほとんど無視できるが、沈下量とともに差異は顕著となることが分かる。


図―2 角度のある2本のトラスの有限変形解析1)
図―2 角度のある2本のトラスの有限変形解析1)

ここで示しました比較は、はり要素によるものでありますが、変形が大きくなると予想される地盤に対しては、微小変形解析でもいいじゃないかという訳にはいかないように思います。次回は、「FLACではどのように大変形解析を実現しているのか」について説明致します。


※1 IACMAG国際会議:地盤力学における数値解析法と最近の進歩に関する国際会議
※2 FLAC/FLAC3D:米国ITASCA社製ソフトウェア、本シリーズの第3回コラムを参照


参考文献
1) 田村 武:連続体力学入門,朝倉書店,pp.137-139,2001.
2) 中川光雄・蒋 宇静・江崎哲郎:大変形理論の岩盤挙動および安定性評価への適用,土木学会論文集,No.575/Ⅲ-40, pp.93-104,1997.