
有限差分法コードFLAC 第5回
今回は、トンネル周辺地山が供用後に時間と共に劣化する現象を、FLACを用いてシミュレートした例を取り挙げます。これは、時間が経過するに連れて地山強度が低下するといった強度と時間の関係を著者がFLACに組み込むことによって実現させたものです。ではなぜこのような解析が必要になってくるのか、また、FLACで実現することがなぜ有効なのかということを以下にご説明します。
例えば、膨張性地山に施工されているトンネルは、掘削・供用後も時間依存性を示して大きな変位が発生する場合があります。ここで、覆工に発生する変形やひび割れなどのいわゆる変状現象を来たす原因の1つに塑性圧1)があることはよく知られています。
塑性圧とは、トンネル掘削によって発生した塑性領域がその後時間の経過とともに拡大して地山がゆるみ、これがトンネル内空側に押し出されて覆工に作用する地圧のことを言います。塑性圧によるトンネル変状は、作用する地圧そのものが長期に渡るため突発的な破損は少ないものの、変状自体は時間とともにゆっくりと進行していくといった特徴があります。この特徴を考えますと、予防保全の観点からも、今後の社会資本の補修・対策工に対しては時間の尺度を入れた検討が必要であり、変状発生の程度、補修の必要性、その部位、最適な対策工の選定、その効果などを設計段階より精度よく予測することが重要となってくると思われます。
この場合の有効な方法の一つとして、変状現象の発生メカニズムをよく反映した事前の力学的検討があります。この検討には、地山の時間依存性に対する適切な力学モデルと、その力学モデルによる挙動を十分に表現できる数値解析法が必要となります。(前者の一例は次の段落でご紹介します。)また、塑性膨張圧によるトンネル周辺地山の変形は、かなり大きくなる場合も懸念されますので、微小変形を前提とした有限要素法解析で対応することは困難ではないかと思われます。よって、ここに大変形挙動・塑性流動2)の再現を得意とするFLACの適用が求められます。
前置きが長くなりましたが、地山が時間の経過と共に劣化する現象を定式化した研究の1つに、弊社の里らが提案した強度低下の時間依存性モデル3), 4)があります。里らは、トンネルにみられる大きな変形を、岩石の骨格構造が水などの影響を受けて劣化することが原因となり除々に破壊が進行したものと捉え、時間の経過に伴い岩石強度が低下する時間依存性モデルを式(1)として提案しました。

式(1)
この式(1)では、
- 粘着力cと内部摩擦角φのうち、cのみの時間依存性を考慮し、かつ、強度が一定速度で低下すると仮定しています。
- Rは降伏条件に対する応力状態の接近度を表しており、応力がMohr-Coulomb降伏条件式に接近するに伴い強度低下速度が増大する点に特徴があります。
- λは、強度低下速度を表す定数であり、岩石に含まれる空隙やクラックの量や環境の腐食性の強さに依存すると考えられます。
図―1中の黒丸点は、一軸定荷重載荷試験において応力比(高速で載荷した場合に得られる一軸圧縮強度に対する載荷定応力の割合)と破壊に至った時間の関係をプロットしたものです。ここでλは、複数の応力比による異なる試験結果(黒丸点)を指数関数で回帰することにより決定されます。上記式(1)で表現される地山材料は、降伏規準に接近するほど強度低下速度が上昇する一方で、強度低下が進行するほどその速度が低減する特性がみられます。さらには、岩石試験にみられる応力が強度より低下するにつれて破壊に要する時間が指数関数的に増加する傾向を表現していると思われます。

図-1 応力比と破壊時間
次に、素掘り掘削の場合の解析例をご覧頂きます。解析対象(図―2)は、軟岩地山に施工された土被り100mの道路トンネルとしています。ここで、掘削による切羽付近の3次元効果を考慮するため、無支保で30%応力解放した後に吹付けコンクリートおよび鋼製支保工を建て込みました。そしてこの状態のまま95%まで応力解放した後に覆工コンクリートを施工し、残り100%まで応力解放しました。地山は、表―1のようにDⅠクラス程度の軟岩を想定してMohr-Coulomb降伏条件式に基づく弾完全塑性体としてモデル化しています。地山の強度低下はトンネル供用直後から発生すると考えて、地山材料は前章で述べた里らの上記式(1)に従うとし、実時間による解析を行うためこれを前進差分で近似した式(2)を適用します。

図-2 解析モデル(掘削時)

表-1 地山の物性値

式(2)
ここで、強度低下速度は、λ=0.033(MPa/day)と仮定します。時間積分は、 式(2)の各時刻tにおいて力学的平衡を満足するよう時間きざみ幅Δtを調整しながら進めました。これにより、Mohr-Coulomb 降伏関数に基づく時間依存性の弾塑性解析が実現できたことになります。素掘り掘削の場合における地山強度が経時的に低下する状況とそれに対応して塑性領域が拡大する状況を図―3に示します。これより、時間の経過に伴い強度低下がトンネル半径方向へと進展し、塑性領域もこれに連動して半径方向へと拡大していく様子が見られます。また、トンネルの近傍ほど強度低下が顕著である解析結果は、拡幅工事などで見られる事象と一致しています。




図-3 強度低下と塑性領域の経時変化(素掘り掘削の場合)
ここで示しました里らの強度低下の時間依存性モデルは比較的シンプルなものですので、適用範囲には限界がありますが、経験的な事象とよく一致した強度低下の状況が捉えられています。この解析手法を用いて評価しました補修時期と補修費用の関係から効果を考察している例は、地盤工学会の土と基礎2004年6月号に掲載されております。このような考察によって、合理的な維持管理時期や工法を判断できるシステムを確立できれば、素晴らしいことだと思います。この内容は、2005年6月19日~24日にイタリア・トリノで開催されます第11回IACMAG国際会議でも著者が発表する予定です。次回からは、FLACが最も得意とする大変形解析の有用性と適用性についてご紹介させて頂きます。
1) (社)土木学会:トンネルの変状メカニズム,2003.
2) 中川光雄・蒋 宇静・江崎哲郎:大変形理論の岩盤挙動および安定性評価への適用,土木学会論文集,No.575/Ⅲ-40, pp.93-104,1997.
3) 里 優・竹田直樹・亀村勝美:強度の時間依存性に着目した岩盤の解析,第18回土質工学研究発表会論文概要集,pp.817-820,1983.
4) 里 優・亀村勝美:岩盤強度の時間依存性に関する一考察,第19回土質工学研究発表会論文概要集,pp.783-784,1984.