
有限差分法コードFLAC 第3回
前回は、有限差分法(FDM)が有限要素法(FEM)などと同様の手間で使え、しかも地盤の材料非線形問題に対してははたして収束するだろうかなどといった心配をしなくてもよい解析法であることがお分かり頂けたかと思います。今回は、有限差分法(FDM)の定式化・計算の流れや陽解法で解くことの工学的メリットについてお話します。また、最近多く見受けられる都市部NATMトンネルの設計への適用の有用性を示唆する解析例をご覧頂きます。前回お約束しました弾塑性解析の例としてトンネル掘削の理論解(塑性半径、空洞周辺の変位や応力)との比較は、原稿準備の都合で次回に致しました。悪しからずご了承下さい。
本稿はこれで3回目ですが、ここで取り挙げています「有限差分法(FDM)」は、1981年にP.A.Cundallらが開発した土質・岩盤構造物の解析を目的として差分法にベースをおく連続体解析コードFLAC1)のことを指します。一般の有限差分法とは異なりますのでご留意ください。FLACという名称は国内でもかなり浸透し、土木学会の刊行物や講演概要集にも明記されていますので、本稿でもこれ以降はFLACと標記します。この解析法の最大の特徴を再度ご説明いたしますと、独自の離散化手法により静的問題の解法を目的としながらも支配方程式に運動方程式を採用したことにより、小さな荷重を受けた地盤の弾性状態から、大きな荷重による地盤の破壊状態に至る過程を逐次的に再現することができる点にあります。すなわち、降伏した後の地盤の挙動(塑性流動と言われています)を大変形に至るまで安定したシミュレートができます。このため、いわゆる進行性破壊を時々刻々と再現して崩壊モードを直接見ることができます。斜面を弾塑性体としてモデル化した場合を例に取ると、切土や荷重載荷の後に静的平衡状態が得られ安定となる結果が得られるか、そうでなければ、降伏後も要素のゆがみが制限に到達するまで変形がとめどなく進行する結果を得ることができます(第1回原稿の図-2参照)。すなわち、有限要素法などにみられる「発散」という状況は存在しません。この解析法は、対象領域を小部分に分割して各々の小部分を簡単な力学モデル(数式)で近似する手法に基づきますので、空間の離散化という点では有限要素法と同じです。ここで要素形状は、従来の差分法のイメージである縦横等間隔の差分格子に限定されているなどということではなく、三角形(2次元)、四角形(2次元)、四面体(3次元)、五面体(3次元)、六面体(3次元)などの要素が用意され、この点も有限要素法とは共通しています。前回までの復習はこのくらいにしておきます。
FLACの定式化・計算の流れを少しご説明致します。図―1を参照しながら操作①~⑤までの流れを追ってみて下さい。

図-1 FLACの計算プロセス(1サイクル)
操作① 荷重の載荷もしくは節点を取り囲んでいる要素の応力を(式(1))を用いて節点力を計算する。

(1)
操作② 運動方程式(式(2))を用いて節点力から新しい加速度、節点速度、変位を計算する。

(2)
操作③ 節点速度を積分して変位増分を得る。変位増分を累積すればこれが節点変位である。大変形解析を実施する場合は、(式(3))を用いて座標を更新する。

(3)
操作④ 既知の節点速度から、(式(4))によりひずみ速度を計算する。

(4)
操作⑤ 材料構成則(式(5))を用いてひずみ速度から新しい応力を計算する。

(5)
以上の操作を図―1のように何回も繰り返して計算します。上の文章の中に、「逐次的」とか「時々刻々」といった表現がでてきましたが、これは、図―1で1回のサイクルを実行すれば1回の更新された地盤変形が求まるということを意味しています。このサイクルを繰り返すというやり方は陽解法そのものであり、モデル化の上で幾つかのメリットを生み出します。例えば、自重解析から上半・下半掘削を経てインバート掘削に至るまでのトンネル掘削解析を考えます。多くの有限要素法解析では施工ステップの1場面ごと(上半掘削・下半掘削・インバート掘削など)に変位ゼロの状態から荷重を載荷して得られた節点変位を累積させてある時点の変形とするステップ解析の考え方を実施しています。実際現象は、施工ステップの1場面ごとに変位ゼロの状態から出発するなどということではない一連の流れである地盤変形を、擬似的に再現したものと言えます。このため、より現実的なモデル化を行おうとして掘削や支保が複雑になると、有限要素法解析では多少のテクニックを要求される場合があります。これに対してFLACでは、図―1のサイクルを繰り返す中での任意の時点での掘削や支保をしますので実際現象としての地盤挙動の一連の流れに感覚的にフィットした状態でモデル化を行うことができます。このため、上述の「多少のテクニック」が要求されることはほとんどありません。陽解法で解くことの工学的メリットについては、今後とも解析例を用いて順次お話していくことに致します。
最後になりましたが、設計への適用の有用性を示唆する解析例をご覧頂きます。低強度地山、低土被りといった厳しい制約条件下における都市型トンネルの建設を考えますと、地表面沈下やトンネル変状、支保効果などを精度よく評価することが求められます。このためには、現場で遭遇する特色ある地盤の挙動特性を忠実に表現できる地山のモデル化・数値解析法を適用しないことには、地表面沈下の評価、支保の断面力照査、補助工法の選定を適切に判断することはできません。土被りや遭遇する地山の特性により破壊領域が拡大するような懸念が少しでもあれば,有限差分法を適用することをお勧めいたします。このような状況においては、有限要素法の弾塑性解析では収束しないことも考えられますし、ましてや弾性解析で安全率をみるという方法で太刀打ちできるものではないでしょう。
図―2は、掘削によって生じた塑性領域が地表に到達して崩壊を引き起こした有限差分法による無支保掘削の解析例であり、掘削直後からトンネルの天盤がほぼ陥没するまでの大変形挙動および塑性領域を5つのステージに分けて示したものです。これより、無支保の状態では天盤付近が崩壊し、これが側壁上部のせん断破壊を誘発している現象がよく再現できています。有限差分法を適用した効果としては、ステージ4~5に示します地盤挙動で特徴付けられる崩壊挙動の進展を追跡できるということになりましょう。無支保の状態でこのような実際現象が再現できる地山のモデル化・数値解析法を適用した上で求められる地表面沈下、支保の断面力、補助工法の効果を得ることが重要だということはお分かり頂けると思います。

図-2 有限差分法解析の例(浅いトンネル天盤の崩落過程)2)
今回は、FLACにおける定式化・計算の流れと陽解法のメリットに少し触れました。次回は、トンネル掘削を対象とした弾塑性解析やひずみ軟化解析において理論解(塑性半径、空洞周辺の変位や応力)との比較をご覧頂きます。
1) Cundall, P.A. and Board M.:A microcomputer program for modeling large-strain plasticity problems, Prepared for the 6th Int Conf on Numerical Methods in Geomechanics, Innsbruck, Austria, pp.2101-2108, 1988.
2) 中川光雄・蒋 宇静・江崎哲郎:大変形理論の岩盤挙動および安定性評価への適用,土木学会論文集,No.575/Ⅲ-40, pp.93-104,1997.