コラム

有限差分法コードFLAC 第2回

数値解析/個別要素法概論編/第2回担当:中川光雄(2004.08)


前回は、有限差分法という数値解析法の概略をお話しました。今回は、有限差分法がなぜ破壊までの地盤の挙動をうまく再現できるのかを中心にお話します。前半はその数理的なカラクリをお話します。後半は、有限差分法の特性が最も顕著な例題をご覧頂きます。


まず、カラクリには3つあります。1つ目は、「釣合い式の定式化が動的であること」、2つ目は、「陽解法と呼ばれる方法で未知量を計算していること」、3つ目は、「mixed discretizationと呼ばれる方法で要素応力/ひずみを定義していること」です。これらの詳細な定式化は次回で述べます。


(1)釣合い式の定式化が動的であること
よく用いられる有限要素法などは釣合い式が力-変位の関係で静的に定式化されています。しかし、地盤の変形挙動は多かれ少なかれ動的であり、刻々と変形するある状態から次の状態へ移行する過程でひずみエネルギーと運動エネルギーの相互交換が発生することになります。目的はあくまで、地震応答解析ではなく静的解を求める静的析解であるとして、加速度項や減衰項を含まない「静的に定式化された解法」による場合と、加速度項と減衰項を含む「動的に定式化された解法」による場合のそれぞれについて考えてみます。まず、「静的に定式化された解法」では、次の新たな安定状態を決定するための数理的なアルゴリズムが必要となります。この計算過程は収束計算と呼ばれ、実際の挙動の進展(運動)を表現するものではなく、最悪の場合は発散して解析結果が得られない場合もあります。一方、「動的に定式化された解法」では、変形挙動の過程において発生するひずみエネルギーが運動エネルギーに変換され、やがては消散する実際現象の過程を直接的に追跡しようとしたものです。有限差分法では、釣合い式を運動方程式の形で表すことにより破壊までの地盤挙動の進展の表現を可能にしています。この手法には、収束計算というものがありませんので、解析結果を安定的に求めることができます。


(2)陽解法と呼ばれる方法での未知量の計算と差分法の適用
一般の有限要素法などでは方程式系(全体剛性マトリックス)を作成してこれを解くことにより結果を得る方法を取っています。このやり方は陰解法と呼ばれています。これに対して陽解法と呼ばれる方法は、時間増分をΔtとして時刻t+Δtでの結果を時刻tでの結果をもとに方程式系を解かずに直接表示(陽表示)する手法です。これに基づけば、陽解法による力-節点変位の計算では、周囲の他の要素とは独立して要素ごとに単独で実施できることになります(図―1)。このことは、全体剛性マトリックスを作成したり記憶したりする必要が無いということを意味します。例えば、ひずみ軟化など非線形性の強い材料構成則を組み込んだ全体剛性マトリックスを頻繁に作り直す操作が不要です。これより、陽解法の特徴として、図―2のように、任意の非線形構成則を直接的に追従できるという点が挙げられます。ここで注意したい点は、陽解法は時刻tから時刻t+Δtまでの間は未知量が変化しないとして計算するので、計算誤差を防止するためには、時間増分Δtをできるだけ小さく取る必要があります。(現在ではΔtの値の決定は自動化されています)


図-1 陽解法による計算プロセス
図-1 陽解法による計算プロセス

図-2 陽解法における非線形構成則
図-2 陽解法における非線形構成則

また、陽解法では支配方程式を微少な時間増分Δtごとに数多く繰り返して計算する必要があります。そこで、時間だけではなく空間に対しても差分法によって離散化を行えば、計算効率の面で陽解法の利点が実現されます。


(3)mixed discretizationと呼ばれる離散化の方法
残念ながら該当する日本語がありません。恐縮ですが原語のままで表記させて下さい。有限差分法では、破壊までの地盤の挙動、特に塑性流れをうまく再現するために応力やひずみが要素内で一定であるとした1次補間で定式化しています。1次補間の場合、四角形要素の変形のモードについては、問題が発生することが過去の研究で明らかになっています。そこで有限差分法では、これを克服するために、応力とひずみを等方成分と偏差成分に分けてそれぞれ異なった方法で定式化するテクニックを採用しています。2次元四角形要素を考えますと、図―3のように1つの四角形要素は三角形要素のペアから成る四角形要素を2枚重ね合わせたものと定義しています。mixed discretizationは、等方成分は四角形要素全体について一定、偏差成分は三角形要素a,b,c,dのそれぞれについて個別に定義したものです。


図-3 三角形要素の重ね合わせ
図-3 三角形要素の重ね合わせ

以上のような数理的なカラクリがあってこその有限差分法ですが、以下で覧頂きます例題は、有限差分法が破壊する地盤の挙動を如何にうまく表現できるかというものです。これを言うためのなるべく客観的なよい方法は、多くの方がご存じの理論解と比較すればよいということになります。ここでは、プラントルの解と呼ばれる支持力問題(図―4)を取り上げ、これを3次元モデルで解析します。粘着力がc、寸法が15m×15m×10mである1/4対称の地盤モデル(図―5)を考えます。地表面上の寸法a×bで示された矩形領域に荷重を載荷すると、支持力の上限値quが式―1下限値qlが式―2のように得られます。理論解析では変形は対象外ですが、数値解析では変形が発生しますので微少変形ということで計算させます。


図-4 プラントルの解
図-4 プラントルの解

図-5 支持力解析の3次元理論解
図-5 支持力解析の3次元理論解

式-1 式-1

式-2 式-2

図―6に示すわずか1000要素のモデル地盤にc=0.1MPaの粘着力を与えてa=3m、b=3mの矩形領域に荷重を与えて増加させていくと、図―7のように有限差分法のよる支持力(赤色線)は、見事に上限値qu(青色線)と下限値ql(緑色線)の間に現れることが分かります。また、既に荷重が一定となった時点での速度ベクトル・コンター(図―8)をご覧ください。先の図―4に示したモードで破壊領域が止めどなく動き続けていることが分かります。さらに、図―9の最大せん断ひずみと図―10の塑性領域は共に発生領域が良好に一致していることが分かります。以上より、有限差分法が破壊する地盤の挙動をうまく表現できることがお分かりかと思います。


図-6 支持力問題の有限差分法モデル
図-6 支持力問題の有限差分法モデル

図-7 支持力の比較(理論解と有限差分法)
図-7 支持力の比較(理論解と有限差分法)

図-8 速度ベクトル・コンター
図-8 速度ベクトル・コンター

図-9 最大せん断ひずみコンター
図-9 最大せん断ひずみコンター

図-10 塑性領域
図-10 塑性領域

ここで示しました例は、有限差分法が得意とする解析の代表例です。実際現場への適用を考えますと、ある地盤に支持された杭やアンカーなどの基礎構造物の限界荷重を有限差分法により求めて、これを設計に反映させることが考えられます。例えば、杭基礎の耐震性を静的震度法により評価する場合(特に横荷重)に適しており、著者も過去に幾例かを経験しています。


有限差分法は、有限要素法などと同様の手間で地盤の材料非線形問題に対しては安心して適用できる解析法であることがお分かり頂けたかと思います。次回は、有限差分法の定式化・計算の流れや陽解法で解くことの工学的メリットについてお話します。また、弾塑性解析の例としてトンネル掘削の理論解(塑性半径、空洞周辺の変位や応力)との比較をご覧頂きます。




参考文献
Chen, W.-F. "Bearing Capacity of Square, Rectangular and Circular Footings," in Limit Analysis and Soil Plasticity, Developments in Geotechnical Engineering 7, Ch. 7, pp. 295-340, New York:
Elsevier Scientific Publishing Co., 1975. Shield, R. T., and D. C. Drucker. "The Application of Limit Analysis to Punch-Indentation Problems," J. Appl. Mech., 20, 453-460, 1953.