
数値解析を使った問題解決法(トンネル編その2)
前回は、トンネルの変形解析において、初期応力の設定方法に十分注意する必要があることを示しました。この「初期応力」について、もう一度考えてみましょう。地下の岩盤に生じている応力は、岩盤の重量や地殻運動を生じさせているような力に起因しています。岩盤はこれらの力によって圧縮されて、その反発力として応力を生じています。ほとんどの場合、地下の岩盤の間隙は地下水で満たされていますから、地下水にもこの力は伝わっています。水の圧縮性は非常に低いのですが、やはり岩盤と同じように圧縮されて応力を発生しています。これが間隙水圧であり、初期応力の一種です。初期応力は、岩盤と地下水の両方が持っている応力で構成されていると考えられます。
この初期間隙水圧がどのような大きさであるかは、ボーリング孔などで間隙水圧計測を行うことにより知ることができます。仮に、間隙水が移動できないような環境にあれば、先に述べた圧縮力によって、間隙水圧は高い値となっています。例えば、石油の坑井で石油が自噴している写真などを見かけますが、これは地下の石油の圧力が、深さに見合う重量よりも大きくなっていることを示しています。また、逆に間隙水が移動しやすい環境にあれば、初期間隙水圧は、それほど大きな値ではない可能性があります。したがって、初期間隙水圧は、地下の初期応力と直接の関係が無いと言うことができます。
さて、ある初期応力状態にある岩盤に、円形のトンネルを無支保で掘削した場合を考えます。仮想的に、このトンネルが瞬時に掘削されたと考えてみましょう。トンネル力学の教科書では、図-1に示すように、トンネルの近傍では円周方向の応力が増加し、半径方向の応力は低下することが示されています。特に半径方向の応力は、トンネル壁面で0となります。このとき、円周方向の応力と半径方向の応力の変化は、ちょうど逆向きなので、体積応力(両応力の和)が変化せず、岩盤内では体積変化が生じないことになります。

図-1 円形トンネル近傍の応力状態
ここに間隙水が存在し、初期間隙水圧を持っていたらどうなるでしょう。体積変化が生じないために、間隙水は圧縮されたままで、初期間隙水圧は保持されます。すると、トンネル近傍では、半径方向応力よりも間隙水圧が大きくなり、風船が割れるように間隙水圧によって岩盤が破壊されてしまいます。
現実にはこのようなことは起こりにくいと考えられます。なぜならば、トンネルはゆっくり掘られるので、トンネル内方に向かって間隙水の流れが発生し、トンネル近傍では間隙水圧が初期の値よりも小さくなっているからです。しかし、岩盤の透水性が非常に低く、間隙水圧の消散がスムーズに行われていない状態のところへ、高速にトンネルを掘削していったような場合には、先に示したような状況が現実となるかもしれません。鉱山では、間隙流体にガスが含まれているために、間隙圧が容易には下がらず、これによって岩盤が破壊する「ロックバースト」と呼ばれる現象が起こることも報告されています。トンネル工事を行っている技術者が、経験的に地下水圧の低下に注意を払うのは、このようなことに原因があると考えます。
間隙水圧の低下度合いは、浸透流解析によってある程度予測することができます。トンネル近傍で、どのようなスピードで間隙水圧が低下していくか、あるいは、ウェルなどの効果がどの程度期待できるかは、事前に浸透流解析で予測しておくことが望ましいと考えます。また、施工中にもトンネル周囲の間隙水圧を計測し、予測結果と比較することによって、施工の安全性を高めることができると考えます。最近では、3次元で浸透流解析を行うことが比較的簡単になってきており(図-2)、施工前にシミュレーションを行ってみることをお薦めします。

図-2 3次元浸透流解析結果例(流速ベクトル表示)