
数値解析を使った問題解決法(トンネル編)
現在、有限要素法を使った数値解析は、科学技術計算が必要なあらゆる分野で活用されています。一方、土木分野に関しては、今ひとつ普及していないように感じます。この原因は、何と言っても土木構造物が「自然」を相手にしているためでしょう。機械工学の分野であれば、相手は主として「金属」であり、また人間が設計し構築するものですから、物性や荷重条件などがはっきりしています。ですから、構造系を有限要素でモデル化し、荷重を加えた場合の変形や温度変化などを、ほぼ正確にシミュレートすることができます。
他方、土木構造物は、土、岩、地下水、ガスなどが混在する構造系に対し、トンネルのように穴を開けたり、ダムのように地下水位を変化させたりしますから、モデルも物性も荷重条件もよくわかりません。このため、旧来の設計法の多くは、構造物に影響を及ぼす範囲を定め、この範囲における地盤と地下水の混合体の重量を構造物に加え、安定性を評価する方法を採ってきました。典型的な例は、円弧すべり法による斜面安定解析でしょう。まず、すべり面を仮定して、この面より上にある土塊の重量をもとに、すべり安全率を求めます。
この方法では、重量として作用する土塊同士の相互作用、すなわち変形の連続性が考慮されていません。土塊はお互いを無視して、バラバラに挙動しているわけです。したがって、構造物を含む地盤全体の変形や応力状態を求めることができません。すなわち、地盤のどの部分が破壊する可能性があるのか、あるいはコンクリートのどの部分を補強する必要があるのかを知ることができないわけです。
有限要素法を使った解析では、変形の連続を前提として計算を行いますので、まさにこれらが可能となるのです。しかし、この便利な機能を使うためには、地盤の物性、解析モデル、荷重条件(正しくは境界条件)などを定めなければならず、解析に取り組む技術者を悩ませます。有限要素解析が、土木分野で繁栄していない理由は、このようなところにあると思います。
そこで、今回からは土木構造物の設計や施工管理に際して、どのように有限要素解析を活用するか、物性やモデルなどを定める勘所はどこかを、私の経験に基づいて解説していきたいと思います。まず第一回は、トンネルの変形解析です。
トンネルの解析において、支保工や周囲の地盤の変形挙動を左右する大きな因子は、もちろん地盤の剛性や強度です。これを求めるために、室内試験や原位置試験を実施し、あるいは過去の事例などを参照し検討します。地盤の剛性や強度が適切な値として求められたとしても、実は、もう一つ定めるべき大切な因子があるのです。それは、地盤の初期応力です。
地盤の初期応力は、地盤が形成された地質学的過程により左右されます。また、地形や地層の傾斜にも影響を 受けます。鉛直方向の初期応力成分は、第1近似として土被りに比例すると考えて差し支えないでしょう。問題は、水平方向の初期応力成分です。これの定め方には、3つほどの考え方があります。
(1)地盤が自重により鉛直方向に変形し、このとき側方変形が拘束されていたとすると、地盤のポアソン比の関数として側方からの反力が計算されます。これを、水平方向の初期応力成分と仮定します。有限要素解析では、地盤のポアソン比を設定し自重計算を行うことで、初期応力状態を設定し、その後トンネル掘削の解析を行います(図-1)。

図-1 ポアソン比効果のみ(0.3)上:安全率 下:主応力の方向と大きさ
(2)地盤のポアソン比を測定することは難しいので、鉛直方向の初期応力と同じ大きさの側方応力が作用している、と仮定します。すなわち、地盤は等方的な応力状態となっていると考えます。 この場合は、自重解析においてポアソン比を0.5に近い値に設定するか、側圧係数を1.0として初期応力状態を求めます。(図-2)

図-2 側圧係数=1.0 上:安全率 下:主応力の方向と大きさ
(3)水圧破砕法やオーバーコアリング法などの方法で、地盤中の応力状態を計測することができれば、これにより求められた鉛直応力と水平方向応力の比を、領域全体の地盤の初期応力に適用します。文献などには、鉛直方向の2倍ほどの応力が計測された例も報告されており、テクトニックな力が初期応力状態に影響を及ぼしている場合もありそうです。このような場合には、側圧係数を1.0以上にして計算する必要があります(図-3)。

図-3 側圧係数=1.5 上:安全率 下:主応力の方向と大きさ
一昔前、コンピュータの速度やメモリーの量も十分では無かった時代においては、とりあえず地盤のポアソン比効果による水平方向初期応力を前提とし、トンネル掘削の解析を行ってきました。しかし、現在の高速なコンピュータ環境では、例えば、水平方向初期応力の大きさを何通りかに変えて解析を行い、現実的に考え得る最も危険な状態を作り出した上で、トンネル支保工の設計を行う、などの配慮も必要となってくるでしょう。