コラム

低温下における岩石の熱膨張特性

実験編/第12回担当:木下直人(2003.07)


前回までは、高温下における岩石の熱膨張・収縮挙動の測定例およびその支配要因について述べてきました。今回は、低温下での測定例およびその支配要因について述べたいと思います。


低温下における岩石の熱膨張特性は、間隙内に存在する水の影響を大きく受けることが知られています。


図-1 含水飽和状態における大谷凝灰岩の線膨張ひずみと温度の関係
図-1 含水飽和状態における大谷凝灰岩の線膨張ひずみと温度の関係

図-1は、室温から-110℃までの温度範囲において、間隙が水で満たされている(飽和している)大谷凝灰岩の熱膨張挙動を測定した例1)です。前に述べたように、供試体が小さいと、試験中含水状態を一定に保つことは非常に困難ですので、直径20mm、長さ200mmの円柱形供試体を用いています。そして測定中に含水状態が変化しないようにするため、供試体の側面をテフロンシートで覆った状態で測定を行っています。飽和状態では0℃以下になると、間隙水が凍結する際に約9%体積が膨張するため、岩石の体積は急激に膨張します。間隙内の水は0℃で全てが凍結するわけではなく、例えば小さな間隙内の水はより低い温度で凍結するため、凍結膨張現象はかなりの低温になるまで続きます。図-1に示した大谷凝灰岩の場合は、-20℃付近で凍結膨張ひずみが最大になっています。間隙水の凍結膨張の影響がなくなった後の岩石は、温度低下に伴って再び収縮するようになります。


図-2 乾燥状態における大谷凝灰岩の線膨張ひずみと温度の関係
図-2 乾燥状態における大谷凝灰岩の線膨張ひずみと温度の関係

一方、乾燥状態における岩石の熱膨張挙動は、図-21)に示すように、飽和状態におけるそれとは大きく異なっており、温度低下に伴って単純に収縮を続けています。


図-1に示したような凍結膨張現象は、大谷凝灰岩のような間隙の多い岩石だけでなく、 花崗岩のような間隙の少ない岩石でも明瞭にみられます。


図-3 含水飽和状態における稲田花崗岩の線膨張ひずみと温度の関係
図-3 含水飽和状態における稲田花崗岩の線膨張ひずみと温度の関係

図-3は、室温から-110℃までの温度範囲において、含水飽和状態の稲田花崗岩の線膨張ひずみを測定した例2)です。含水飽和状態では、0℃以下になると急激に体積が膨張し、-10℃付近で凍結膨張ひずみが最大になっています。 一般に、間隙率が大きい岩石ほど凍結膨張ひずみが大きく、また、凍結膨張ひずみが最大になる温度が低くなる傾向が見られます。-10℃以下になると、再び岩石は収縮するようになりますが、氷の熱膨張率は岩石のそれよりもはるかに大きいため 乾燥状態の線膨張係数より大きくなっています。


図-4 乾燥状態における稲田花崗岩の線膨張ひずみと温度の関係
図-4 乾燥状態における稲田花崗岩の線膨張ひずみと温度の関係

一方、乾燥状態では、図-4に示すように,大谷凝灰岩と同様に温度低下に伴って単純に収縮を続けています。ただし、大谷凝灰岩とは異なり、低温になるにしたがって、線膨張ひずみの変化量が小さくなって(線膨張係数が低下して)います。乾燥状態の稲田花崗岩について、岩石内部に温度勾配が発生しないようなゆっくりとした降温速度で冷却すると、図-4に示すように、鉱物粒子間の熱膨張率の不一致により、0℃以下になるとAE(アコースティック・エミッション)が発生し始め、その量は温度の低下に伴って増大しています。したがって、低温になるにしたがって線膨張係数が低下するのはこの微小クラックの発生の影響によると考えられます。このような結果から、低温下における花崗岩質岩石の熱膨張特性に対しては、鉱物粒子間の熱膨張率の不一致による微小クラックの発生も大きな影響を与えていると考えられます。


上に示した含水飽和状態での試験は、間隙が全て水で満たされており、かつ間隙水が周辺に逸散しないという条件下で行われています。実際の岩盤では、凍結の進行速度が遅ければ、間隙水が未凍結層の側に移動するので、上に示した結果とは異なると考えられます。例えば、砂のような透水性の高い土が凍結する場合は、一般に、過剰な水が凍結していない側に移動してしまうため、ほとんど膨張しないことが知られています。


逆に、岩石の種類と条件によっては、岩盤が凍結する際に、未凍結層から凍結層へと水が移動し、アイスレンズと呼ばれる氷の層が形成される場合があります1)。「凍上」と呼ばれる現象です。アイスレンズの成長に伴って岩石が破壊され、また、凍結膨張量も非常に大きくなるので、それに起因して、様々な工学的な問題が発生しています。


凍上しやすい岩石としては、粒子間の結合力が弱く、比表面積が大きい泥質岩や凝灰岩が知られていますが、凍上量(凍結に伴う膨張量)は、岩石の種類だけでなく、凍結の進行速度や拘束応力に強く依存します。一般に、凍結の進行速度が速くなるほど、また拘束応力が大きくなるほど凍上は生じにくくなると考えられています。




参考文献
1) 木下直人,赤川 敏,傳田 篤 : 各種条件下における岩石の力学挙動-軟岩,材料,第45号,第2号,pp.242-248,1996.
2) 奥野哲夫,木下直人:低温下岩石の線膨張特性,土木学会第39回年次学術講演会講演概要集, 第3部,pp.655-656,1984.