コラム

熱伝導の数値解析

数値解析/有限要素編/第8回担当:里 優(2002.08)


地盤を掘削して造られる土木構造物についての関心事は、安全かどうか、いくらかかるのか、が代表的なものでしょう。このため、地盤や補強部材の変形や強度、地下水圧の影響などに多くの注意が払われますが、温度の影響も忘れてはならない因子です。


例えば、道路を建設するために南向きの斜面を切り取った場合、ここに生えていた木々も取り除かれるために、岩盤は日光の直射を受けます。場所にも依りますが、地盤表面温度は昼間には50℃以上にもなり、夜間との温度差は数10℃に達します。地盤の熱膨張率を10-5/℃としますと、0.01%以上のひずみが毎日繰り返して生ずることになります。


岩石の圧縮試験では、岩石が0.1~1%前後の圧縮ひずみで破壊することが知られており、また、引張試験ではこの1/10程度のひずみで破壊するものもあります。したがって、この温度差によるひずみは、無視できないほど大きな値です。実際、むき出しの岩盤斜面では、岩盤表面の劣化が急速に進むために、植物を植えるなどの対策が講じられます。


また、掘削されたトンネルの坑口部では、やはり同様のことが起こります。トンネルの内部では気温の変化が緩和されますが、坑口部ではやはり大きな温度差が発生し、これが覆工コンクリートや地盤の劣化を招きかねません。このような現象を予測し適切な対策を検討する上で、熱伝導解析が役に立ちます。 地盤などを対象とした熱伝導の基礎方程式は、前回ご説明した地下水流れの方程式と同様で、温度の高いところから低いところへ熱量がゆっくり移動する、として記述されています。これを有限要素解析に組み込むことで、様々な条件下における地盤やコンクリートの温度変化を予測することができます(図-1)。


図-1 地盤温度の経時変化の様子(温度コンター図、熱流速ベクトル表示)
図-1 地盤温度の経時変化の様子(温度コンター図、熱流速ベクトル表示)

地盤構造物については、この温度変化を予測することが必要不可欠なものもあります。例えば、LNGやLPGの地下備蓄プロジェクトでは、温度変化により岩盤の損傷を最小に抑える必要がありますし、凍結工法によるトンネルの掘削では、凍結範囲を予測したり、凍結工法自体の経済性を評価することが必要です。このような場合には、有限要素法を用いた熱伝導解析を行い、温度変化や投入すべき熱量などを計算して、地盤の安定性や工法の経済性を評価するための資料とします。


温度変化を予測する上で厄介な問題は、相変化と潜熱です。地盤中の空隙は地下水で満たされている場合がほとんどですが、この地下水は0℃付近で氷になります。この後、潜熱と呼ばれる熱量が奪われるまで、0℃のまま温度が下がることはありません。逆に、氷の温度を上げようとして熱を加えても、潜熱分の熱量を加え終わるまで、氷のままで温度は上がらないのです。地盤の凍結・凍上などの検討を行うには、どうしてもこの潜熱の影響を考慮しなければなりません。さらに厄介なことには、地盤内の地下水は、吸着水や結晶水など熱力学的には様々な状態で空隙中に存在しています。このため、4℃で凍るものや-10℃になっても凍らないものもあり、潜熱の影響は幅広い温度範囲で表れます。


この他にも、層状の地盤では熱伝導率の異方性が生じたり、熱伝導率や比熱それ自身も温度により異なる場合があります。


このような、地盤特有の熱伝導をシミュレートするために、私どもはG-HEATなるソフトウェアを開発しました。変形解析のソフトウェアと組み合わせることで、熱応力の解析も可能となります。どうか、ご活用ください(図-2)(図-3)。


図-2 高度な作図機能と直感的なユーザーインターフェースにより、解析モデルの作成やメッシュ分割などを快適にこなすことができます。
図-2 高度な作図機能と直感的なユーザーインターフェースにより、解析モデルの作成やメッシュ分割などを快適にこなすことができます。

図-3 材料定数の入力や境界条件の設定も、マウス操作によって短時間に行うことができます。
図-3 材料定数の入力や境界条件の設定も、マウス操作によって短時間に行うことができます。

最後に、私のとても印象に残っている言葉を紹介します。それは、北海道開発土木研究所の鈴木哲也さん(現構造研究部長)の言葉です。鈴木さんは、長年北海道における凍結や凍上のご研究にあたられ、多くの論文にまとめられておられます。鈴木さんによりますと、道路やトンネルなどにおける凍上を阻止しようとすると、凍上に伴う荷重が大きなものであるため、極めて頑丈な対策工が必要です。確かに、凍結だけでも数%のひずみが地盤に発生しますから、これを抑制するためには、岩盤の剛性×凍結ひずみ×面積分の荷重が必要です。しかし、いわゆる「むしろ」を被せて温度の低下を押さえてやるだけで、凍結や凍上による変形を抑えることができます。大きな抑止工と「むしろ」、この対比は科学技術の何たるかを言い当てているような気がします。