
岩石の熱膨張・収縮特性の支配要因(その1)
前回,岩石の線膨張係数の測定例に基づいて、熱膨張・収縮特性は岩石の種類によって大きく異なることを紹介しました。今回から、なぜ岩石によってこのように熱膨張・収縮特性が 異なるかについて考えてみたいと思います。
岩石は鉱物の集合体とみなすことができますので、岩石の熱膨張特性は、基本的には、鉱物のそれに支配されます。岩石の鉱物組成がわかっていれば、以下に示すターナー(Turner)の式を用いて岩石の線膨張係数αを計算することができます。

ここでαi、Ki、Viはそれぞれi番目の鉱物の線膨張係数、体積弾性係数、体積密度です。体積弾性係数の代わりにヤング率を用いる場合もあります。もしも、岩石の熱膨張特性が鉱物のそれに支配されているのであれば、岩石の線膨張係数の実測値は、(1)式で求めたαの値と一致するはずです。そこで、前回紹介した稲田花崗岩について、線膨張係数の実測値と(1)式から求めた計算値の比較を行ってみました。稲田花崗岩は、石英、斜長石、微斜長石、黒雲母といった鉱物から構成されており、それらの鉱物の線膨張係数と温度の関係については既に紹介しました。その結果を図-1に示します。

図-1 稲田花崗岩線膨張係数実測値と計算値の比較
30~50℃の温度範囲における線膨張係数の計算値と実測値を比較しますと、両者はほぼ似た値を示しています。この結果は、50℃程度までの温度での稲田花崗岩の熱膨張特性は、主として構成鉱物の熱膨張特性に支配されていることを示しています。
高温における線膨張係数の実測値と、計算値を比較してみますと、全体的に実測値が計算値を上回るようになり、両者の差は高温になるにしたがって大きくなっていることがわかります。特に、拘束圧が小さい場合にその差が顕著であることがわかります。例えば、温度250℃、大気圧下における線膨張係数の実測値は、計算値の約2倍になっており、拘束圧49.0MPaの場合でも約1.4倍になっています。この結果は、高温になると、構成鉱物の熱膨張特性以外の要因の影響をかなり受けるようになることを示しています。
稲田花崗岩以外の2種類の花崗岩質岩石(沢入花崗岩と初森花崗閃緑岩)についても同様な比較・検討を行ってみました。沢入花崗岩について比較した結果を図-2に示します。稲田花崗岩と同じ傾向が得られていることがわかります。

図-2 沢入花崗岩線膨張係数実測値と計算値の比較
花崗岩質岩石の場合、岩石内部に温度勾配が発生しないようなゆっくりとした昇温速度で加熱した場合でも、鉱物粒子間の熱膨張率の不一致により、60~70℃程度の温度になるとAE(アコースティック・エミッション)が発生し始め、その量は加熱に伴って増大していくことについては、既に紹介しました。したがって、室温付近では、拘束圧の作用の有無にかかわらず、線膨張係数は微小クラックの発生の影響を受けないのに対して、60~70℃以上の温度になると、大気圧下では、微小クラックの発生の影響により、温度上昇とともに、線膨張係数は構成鉱物の熱膨張率に基づいて計算した値よりも大きな値を示すようになると考えられます。これらの岩石に拘束圧を作用させると、微小クラックが発生し始める温度が高くなり、発生量も減少します。3種類の花崗岩質岩石の熱膨張挙動の測定値と計算値の比較では、このような考えと基本的にはよく対応する結果が得られています。したがって、高温下における花崗岩質岩石の熱膨張特性は、主として構成鉱物の熱膨張特性と、鉱物粒子間の熱膨張率の不一致による微小クラックの発生の二つの要因によって支配されていると考えられます。
1) 木下直人, 安部 透,奥野哲夫:高温、拘束圧下における火成岩の熱膨張特性, 土木学会論文集,第511号/Ⅲ-30,pp.69-78,1995.