コラム

地下水流れの数値解析

数値解析/有限要素編/第7回担当:里 優(2002.04)


私たちの会社名は「地層」科学研究所です。地層とは過去にできた岩石が、浸食や堆積、あるいは地殻変動などで積み重なったもの、と定義されると思いますが、私たちはあえて人間活動の影響が及ぶ範囲の地下と定義しました。この範囲は、地殻と呼ぶには浅すぎますし、地質と呼ぶには工学的、経済的すぎます。そこで浅い地殻によく見られる岩体構造ということで、地層と勝手に呼ぶことにしました。


地層を構成しているものは、もちろん岩盤が主体ですが、忘れてはならないものが地下水です。極めて浅い地盤部分を別として、地下の岩盤の隙間は地下水で満たされています。日本の場合、その源泉の大部分は雨水でしょう。雨水は海水が熱せられて水蒸気となったもので蒸留水ですが、地表に降り、地下にしみこんでゆっくり流れていくうちに、岩盤の様々な成分を溶かし込み、いわゆるミネラルウォータとなります。観光地などでは地下を何年も旅してきたおいしい地下水を飲まれることもあると思います。


このように、地下水は地下の中をゆっくりゆっくり流れる水です。しかし、大雨などで大量に地面に供給されると地滑りを引き起こしますし、トンネル掘削などでは過去に溜まった地下水が岩盤を破って突然に流出し、人命を奪うといったようにどう猛な面も持っています。地下水がどう流れているか、あるいは工事などで地下水流れがどう変化するかを予測する技術が地下水流れの数値解析で、特に浸透流解析と呼ばれています。


流体の運動は複雑な運動方程式により記述され、海水の流れや気流の解析に使われています。しかし、地下水はゆっくりゆっくり流れるので、あまり細かいことにこだわらず、「高いところから低いところに流れる」とだけ考えて運動方程式を書きます。これが、Darcyの方程式です。この方程式で、地下水の流れやすさを表す係数が透水係数です。これと、「地下水は突然消えてしまうことはない」とする質量保存則を組み合わせて基本的な方程式が作られています。


現在では、有限要素法を用いた浸透流解析技術として広く普及しており、ダムの貯水性の検討や掘削工事での揚水管理などに用いられています(図-1)。ただし、ちょっとした問題があります。先に述べたように地盤の浅い部分では地下水が地下に染み込んでしまい、地下水の無い部分があります。いわゆる地下水面より上の部分です。トンネル工事などで地下水を抜いたような場合でも同様です。この領域をどう処理するかで、浸透流解析を志した研究者は悩みました。これも先に述べたように、浸透流解析の方程式の中には質量保存則があり、地下水が無くなってしまっては困るのです。


図-1 浸透流解析の一例
図-1 浸透流解析の一例

最初に採られた方法は、解析領域を地下水面の変動に合わせて変化させようとするものです。有限要素法では解析領域を要素に分割し、いわゆるメッシュを切る作業を行うのですが、とりあえず地形に合わせるなどしてメッシュを切っておき、計算の結果地下水面が解析領域よりも下にあれば、これに合わせてメッシュの座標を変化させて、あくまでも地下水のある領域で計算し、質量保存則が常に満たされている状態にしようとするものです(図-2)。これは、有限要素方程式をいちいち変更する必要があることから多大な計算時間を要し、また地層境界をうまく表現できないなど、あまり実用的ではありませんでした。


図-2 アースダム内の浸潤面
図-2 アースダム内の浸潤面

現在用いられている方法は、飽和-不飽和浸透流解析と呼ばれる方法です。これは、優れたアイデアで解析領域全体での質量保存則を満たしています。仮に、地下水面より上にもわずかでも地下水があるとしますと、その地下水の圧力は負となってしまいます。このため、この領域では地下水を吸い込む力が発生することになり、地下水位は上昇します。これは矛盾です。この矛盾は、いったん地下水面より上になった領域では、見かけ上透水係数が極めて小さくなる、とすることで解消できます。なぜならば、地下水面より上に向けて地下水を吸い込む力が発生しても、透水係数が小さいため水の移動はほとんど起こらないためです。このような考え方で方程式を書き替え、式中に現れる係数も実験により求められました(図-3)。解析結果は、実験結果をよく表現するものでした(図-4)。


図-3 不飽和領域の特性
図-3 不飽和領域の特性

図-4 実験結果と解析結果
図-4 実験結果と解析結果

このような方法により、地下水は消えて無くならないとする質量保存則を領域全体で満たし、メッシュを変形することもなく浸透流解析を行うことができるようになりました。現在では、3次元の領域を対象とした浸透流解析が容易にできる環境が整い、より現実的なシミュレーションが行われています(図-5、6)。こうなると次なる課題に挑戦してみたくなります。例えば、岩盤の温度が変化したら近い錘流れどうなるのか、あるいはガスと一緒に地下水が流れたらどうなるのか、などです。これらについては、次回以降に少しずつ お話ししたいと思います。


図-6 解析結果例
図-5 解析結果例

図-6 解析結果例
図-1 MARモデルを用いた地下水位変動の予測

なお、今回の内容についてより詳しく知りたい方は、西垣先生のホームページなどがお勧めです。