
岩盤変形の時間依存性を考慮した解析
武田信玄の軍旗である風林火山では、「動かざること山のごとし」の喩えがありますが、これが長期的には誤った見方であることが、現在では周知の事実となっています。プレートテクトニクスでは、岩盤はマントルの対流などの力によって移動し、衝突、隆起、沈降などダイナミックな挙動をしているとされています。
では、数分とか数時間、といったオーダーではどうでしょうか。
精密な実験によれば、岩石に一定の荷重を加えておくと、このような短い時間であっても岩石の変形が少しずつ進んでいくことが観察されます。また、さらに時間が進むと岩石は破壊します。これらの現象はクリープ、クリープ破壊と呼ばれます。図-1が一軸クリープ試験で得られる軸ひずみの時間変化の例です。時間とともにひずみが増加していきますが、最初は増加速度が鈍っていきます。そのうち加速的にひずみが増加し破壊に至ります。

図-1 一軸クリープ試験結果の一例
私は、学生の頃によく炭鉱に入って坑道の変形を計測しました。当時、炭鉱の採掘現場は浅い部分を掘り尽くし、どんどん深くなっていきました。私が計測していた坑道は、地表下1,000m程度にも達していました。このような地下深部の坑道は、時間とともに狭小していき、半年もすると運搬用のトロッコが通れなくなります。このため、岩盤がどのような変形をしているかを調べるために、坑道壁面の変位を計測しました。
図-2は、200日以上にわたって坑道の狭小量を計測した結果です。この坑道では比較的変位が少なかったのですが、それでも20cm以上の変形が生じています。ちなみに、トンネルの径は4m程度です。いわゆる地中変位計で岩盤のどの部分が変位しているのかも計測しました。図-3からわかるように、坑道の側壁や下盤の膨張が大きいことがわかります。ついでに、精密な変位計を自作し計測した結果も紹介します。図-4がそれで、1分間に0.002mm程度の速度で変形が進んでいることがわかります。

図-2 頁岩中の坑道における長期変位計測結果

図-3 坑道周囲の岩盤における長期変位計測結果

図-4 精密変位計によるクリープ計測結果
さて、岩盤のこのような変形を数値シミュレーションでどのように表現すればよいのでしょうか。
クリープしたりクリープ破壊する岩石を、応力-ひずみ線図の側から見てみます。図-5には、一軸試験において、素速く荷重を加えた場合の応力-ひずみ線図と、ものすごくゆっくり荷重を加えた場合の応力-ひずみ線図を書きました。ただし、実際に実験したものではなく、仮想的なものです。岩石は、時間がたつとともに素速く荷重を加えた場合の応力-ひずみ線図で表される特性から、ゆっくり荷重を加えた場合の特性へ変化していく、と考えることで、クリープやクリープ破壊を説明することができます。

図-5 クリープ、クリープ破壊の概念
二つの応力-ひずみ線図を比べると、ゆっくり荷重を加えたものは剛性が低くなっています。すなわち、時間の経過とともに岩石の剛性が低下していく、と考えればクリープを説明することができます。もし、一定荷重を加えたままにする一軸クリープ試験を行えば、図中の(1)のようにひずみが進んでいきますが、ひずみの増加と時間の関係がわかれば、応力は一定なのですから剛性の変化も求めることができます。これを有限要素法のプログラムに組み込むことにより、クリープを表現することができます。
二つの応力-ひずみ線図で、ゆっくり荷重を加えたものは強度も低くなっていることがわかります。(2)の経路でクリープが進行していった場合、強度が時間とともにどんどん低下していくとすると、落ち着く先が無くなってしまいます。つまり、強度が時間とともに低下してくるために、同じ応力でありながら破壊してしますのです。(なお、損傷の増加による内部応力の増加などによる説明も可能ですが、混乱を避けるためここでは割愛します。)
このように、時間に伴う剛性の低下と強度の低下をうまく表現することにより、クリープとクリープ破壊をある程度表現することができます。図-6と図-7は、私が学生時代に行った解析です。原始的ではありますが、ここで説明した方法に忠実に解析が行われています。先に示した、時間に伴う坑道変位の増加は、この解析の範囲では剛性の低下と破壊領域の増大に起因している、と説明することができます。

図-6 時間に伴う破壊領域の増大(数値解析)

図-7 時間に伴う坑道変形の増加(数値解析)
岩石の時間依存性の挙動は、クリープだけではなく、吸水膨張や地下水流れの変化によってももたらされます。トンネルや斜面などの建設に際し、より長期に安定な構造を検討していく際には、このような時間依存性の解析も必要になると思います。