コラム

温度変化に伴う微小き裂の発生と熱カイザー効果

実験編/第5回担当:木下直人(2001.07)


高温下あるいは低温下において岩盤地下を利用する場合には、掘削時における岩盤の安定性を確保するとともに、岩盤地下利用時に作用する熱応力に対する安定性を確保することが重要になります。岩盤地下の利用に伴って、周辺岩盤の温度が高温になる施設の例としては、高レベル放射性廃棄物処分施設、熱水貯蔵施設等が、また、低温になる施設の例としては、LPG・LNG岩盤内貯蔵施設(低温貯蔵方式)、岩盤内冷凍貯蔵庫等があります。圧縮空気貯蔵発電施設や天然ガス岩盤貯蔵施設では、圧縮されたガス(空気または天然ガス)の空洞内への流入、 流出に伴って、空洞内および周辺岩盤の温度が上昇したり、低下したりします。このような施設を建設する場合には、温度の変化に伴う岩盤の特性の変化を知ることが重要になります。


岩石内に温度差が生じないような状態を保って、ゆっくりと温度を上げていった場合でも、ある温度以上になると、AE(アコースティック・エミッション)が発生し始め、その量は加熱に伴って増大していくことはよく知られています。ゆっくりと温度を下げていった場合も同様です1)。AEとは、材料が破壊する際に、それまで蓄えられていたひずみエネルギーが解放されて、高周波弾性波動となって伝播していく現象です。


図-1 加熱に伴う岩石のAE発生挙動
図-1 加熱に伴う岩石のAE発生挙動1)

図-1は、3種類の花崗岩質岩石および2種類の安山岩について、加熱に伴うAE発生量の変化を調べた例です1)。これらはいずれも、高温恒温槽内に、直径30mm、高さ100mm の円柱供試体を設置し、30℃/hの昇温速度で300℃まで加熱した際のAEの発生状況を、ウェーブガイドを介して計測したものです。AE発生量の計数法としてはリングダウン計数法(あるしきい値を超えるAE信号をすべてカウントする方法)とイベント計数法(最大振幅があるしきい値を超えるイベント数をカウントする方法)とがありますが、図-1では、リングダウン計数法を用いています。
加熱に伴ってAEが発生するのは、岩石を構成している鉱物粒子間の熱膨張率の不一致により、ある温度以上になると、鉱物粒子の境界において作用する応力が強度を上回るようになり、微小き裂が発生するためです。粒子の境界で作用する応力は、温度上昇とともに大きくなっていくので、AE発生量は、温度上昇に伴って増大することになります。このように、全体を一様に加熱したときに発生するAEは、鉱物粒子の大きさレベルでの微小な破壊現象に対応したものです。


石英のように、他の鉱物と比べて熱膨張率がずっと大きい鉱物を含む岩石では、比較的低い温度からAEが発生し、またその後の温度上昇に伴うAE発生量の増加も著しくなっています。花崗岩はその代表例です。このような岩石では,温度の上昇に伴う強度や弾性係数の顕著な低下がみられます。
AEの発生状況は、鉱物の粒径によっても異なります。図-1に示した例では、沢入花崗岩、稲田花崗岩、初森花崗閃緑岩の平均粒径はそれぞれ4.0mm、2.8mm、および1.2mmであり、粒径が大きいほどAEの発生頻度が高くなっていることがわかります。


一方、2種類の安山岩は、花崗岩と比べてAE発生開始温度が高く、またその後のAE発生頻度もあまり高くありません。これは、安山岩や玄武岩では、石英を全く含まないかまたは含んでいるとしてもわずかであり、岩石を構成する鉱物間の熱膨張率の差があまり大きくないためであると考えられます。また、花崗岩と比べて、構成鉱物の粒径が小さいことも影響していると考えられます。ただし、図に示した三城目安山岩と小松安山岩は、温度が約200℃以上になると、AE活動がやや活発になっています。これは、これら2種類の安山岩にはクリストバライトと呼ばれるシリカ鉱物が含まれており、それが220℃から277℃までの温度範囲で徐々にα型からβ型に転移する際に体積膨張を伴うためです。


岩石をはじめとする各種材料のAE発生には、応力履歴効果があることが知られています。過去に荷重を加えられた材料に再載荷すると、履歴した最大応力が加わるまでAEがほとんど発生せず、応力が最大値を超えるとAEの発生が急増する現象をカイザー効果と呼んでいます。昇温、降温を繰り返すことによって、AE発生に対する温度履歴の影響を調べてみますと、応力履歴の場合と同様に、過去に受けた最高温度付近まではAEの発生量が非常に少なくなるという結果が得られます(図-22))。この現象は、応力履歴に対するカイザー効果とよく似ていますので、「熱カイザー効果」(thermal Kaiser effect)と呼ばれています。「熱カイザー効果」は、いわば材料の温度に対する記憶効果です。


図-2 花崗岩のAE発生に対する温度履歴の影響(熱カイザー効果)
花崗岩のAE発生に対する温度履歴の影響(熱カイザー効果)2)



参考文献
1) 木下直人:温度変化を有する岩石のAE発生特性,現場技術者のためのAE技術の応用,アイピーシー社,pp.172-180, 1994.
2) Atkinson, B. K. et al. : Acoustic response and fracture mechanics of granite subjected to thermal and stress cycling experiments, Proceedings of the Third Conference on Acoustic Emission/Microseismic Activity in Geologic Structures and Materials, pp.5-18, 1981.