コラム

切羽の進行を考慮したトンネルの解析

数値解析/有限要素編/第2回担当:里 優(2001.02)


1970年後半になると、有限要素法を使ってトンネル掘削時の変形予測を行う試みが行われるようになりました。
時代は、NATM工法が脚光を浴び始めた頃です。トンネル掘削直後に、比較的軽い補強工で地盤の変形を抑制し、地盤の安定性を高めることで、いわゆる地盤自身の支保効果を引き出そうとする工法です。また、事前にトンネルの変形を予測し、これと計測結果を比較することで、施工の安全性を高めることもこの工法の基本理念でした。


有限要素法を予測解析に使うため、トンネルの掘削をモデル化する方法が検討されました。予測解析により求めたいのは、施工時に計測される変形です。トンネルが掘ってある地盤モデルに、自重を作用させる計算では、トンネルの変形量に自重による変形が加わってしまいます(図-1)。当然、支保工にも、自重による荷重とトンネル掘削による荷重の両方が加わってしまいます。そこで、先に自重を作用させておいた地盤モデルに、トンネル壁面で表面力が0となるような荷重を加えて、トンネル掘削だけによる変形が求められました。この方法は、トンネル掘削のイメージと合致するものです。つまり、これまでトンネルの想定掘削面でがんばっていた地盤の力を、キャンセルするような荷重をかけるわけです。 この荷重は、掘削解放力と呼ばれます(図-2)。


図-1
図-1

図-2
図-2

この方法を使うことで、トンネル掘削時の変形を求めることができ、また、これによる支保工の応力なども 計算できるようになりました。ところが、この方法で表現できるのは、トンネルを掘る前に支保工を施工し、 その後にトンネルを掘削する場合だけです。地盤に何の影響も与えずに支保工を施工することはあり得ませんし、 その支保工にトンネル掘削による荷重が全て加わることもありません。トンネル切羽の前方では、 掘削の影響によりどうしても地盤が変形してしまいますから、支保工に加わるのはトンネル掘削による荷重の何割かです。


この問題は、三次元モデルでトンネル掘削を行ってやれば解決します。しかし、そのころのコンピュータは、 大企業のメインフレームであっても一般に使えるメモリは数百KBでした。三次元モデルの連立方程式を インコアで解くことはできず、メモリの内容をディスクにスワップしながら、少しづつなら解くことができました。 しかし、とても現実的な選択ではありませんでした。現在は、パソコンであってもメモリが数100MB使える時代ですが、 当時では夢のまた夢でした。ただし、この時代の産物として、メモリの使用量を抑え連立方程式を効率的に解く方法、 例えば、スカイライン法、ウェーブフロント法、CG法などが編み出され、現在でも多く用いられています。


ともかく、二次元モデルでトンネル掘削を表現する方法が検討されました。トンネル掘削部の相当する部分に 要素を重ねて設置しておき、これを掘削に合わせて取り去る方法や、この部分の剛性を徐々に低下させていく 方法などが提案されました。これらの方法は、トンネル掘削の進行を表現することはできましたが、 支保工をモデルに加えることができませんでした。最終的に残った方法は、先に述べた掘削解放力を制御することでした。


三次元モデルを用いて、無支保でトンネルの掘削解析を行うと、トンネル掘削想定面に沿って、 切羽の前方から後方へ壁面変位の分布が得られます。最終的に変位量で変位分布を正規化し、 これを特性曲線と呼ぶことにします (図-3)。 二次元モデル(平面ひずみ問題)のトンネル壁面で、 これと同じ変位を生じさせるには、掘削解放力を特性曲線と同じ割合で加えてやれば良い訳です。


図-3
図-3

この方法は分かりやすく、プログラミングも簡単なことから、瞬く間に一般的なものとなりました。 地盤の弾塑性的な挙動をも考慮した場合 (図-4) や、ベンチ工法のような複数の切羽が存在する場合 などについても検討が行われました (図-5)。 また、実際の計測データとの比較も行われました (図-6)。 これらを通じて、二次元解析でも、トンネルの変形挙動を概ね表現し得ることが分かりました。


図-4
図-4

図-5
図-5

図-6
図-6

しかしながら、この方法はあくまで三次元解析の近似を与えるものです。 例えば、特性曲線を用いた二次元解析では、トンネル壁面ばかりでなく、 トンネルから遠く離れた地表面も特性曲線と同じ割合で変形していきます。 三次元解析をしてみますと、トンネルの軸線から離れるにつれ、変形の割合は変化していくことが分かります (図-7)。これは、トンネル掘削の影響が、トンネルから離れるにつれ緩和されてくるためで、このような効果は三次元解析によってしか表現することができません。


図-7
図-7

最近のトンネル施工では、一期線との近接施工や既設トンネルとの交差、小さい土かぶりでの掘削など、三次元的な影響を考慮すべき問題が多くなっています。一方で、パソコンも1GHzで動作し1GBのメモリを持つようになりました。三次元解析を行う上での傷害は、取り除かれつつあります。地盤変形をより精度良く予測するために、あるいは、計測により得られたデータからより多くの情報を引き出すために、三次元解析を活用する時代が来ているようです。