やわらかサイエンス

共に生きてこそ

第41回担当:秋山 克(2006.11)

11月22日は「いい夫婦の日」です(※1)。結婚ウン十年というベテランからホヤホヤの新婚さんまで,夫婦がお互いに感謝の気持ちをかたちにするきっかけに,ということで制定されました。こういう記念日だけではなく,日頃から感謝の気持ちをお互いに表現できればなお良いですよね。
今回のやわらかサイエンスでは,紅葉が鮮やかな森の中でお互いを必要とし必要とされながら共に生きる生き物たちの一例をご紹介します。


夫婦イメージ図

豊かな秋の実りが食卓を彩っていることと思います。秋の味覚の代表格であり,日本人の憧れの食材といえば「マツタケ」を思い浮かべます。マツタケに羨望のまなざしが向けられる理由としては,もちろんその芳香のすばらしさとそれを活かした料理の美味しさとがありますが,「人工栽培が困難」なために大量に供給できず容易に手に入らないことが根本的な理由として考えられます(※2)。同じキノコでも庶民の味方であるシイタケは栽培農家の尽力によってお手ごろな価格で購入することができますし,生でも干しても美味しく,自宅の庭でも容易に作ってその味を楽しむことが出来ますよね。マツタケとシイタケはどちらも「キノコ」なのに,いったい何が違うのでしょうか?


マツタケ図

キノコとは,担子菌類や子嚢菌類に分類されるカビの仲間が作る子実体(しじつたい)のことを指していいます。それらのカビの仲間は養分の摂取方法の違いによって,木材腐朽菌(もくざいふきゅうきん),菌根菌(きんこんきん)などに分けられます。シイタケは木材腐朽菌,マツタケは菌根菌の仲間です(※3)。


シイタケは木材腐朽菌の名前が示すとおり,シイやナラなどの枯れ木,切った木材,おがくずなどに生えます。つまり,木材腐朽菌にとってはエサとなる木が生きている必要はありません。
一方で菌根菌の仲間であるマツタケは枯れ木に生えることはなく,生きている木がそばにないとマツタケも生えることができないのです。


「菌根」とは,土壌中で伸びた菌類の菌糸が,植物の根の周囲に接触したり侵入したりすることで,新しく形成された両者の複合体のことをいいます(※4)。病原性を持つ菌類の場合は,接触や侵入によって根を分解するなどして,植物を枯死に至らしめますが,菌根が作られた植物は枯れるどころか,生長が旺盛になることが知られています。


菌根での物質の受け渡しイメージ

菌根を作る菌類(菌根菌)は,土壌中に伸ばした菌糸で,植物の根が届かない範囲や入り込めない粒子の中から,リンや窒素などの養分を吸収し,それを菌根で植物側に渡します。逆に植物側からは,葉っぱの光合成で作られた糖などの有機物が,菌根を経由して菌に渡されます。光合成ができない菌根菌は,植物からもらった有機物を使って生長します。つまり,植物にとっても菌根菌にとってもお互いの存在が自分の生長にとって有益なものだと言えるのです。この関係を「相利共生(そうりきょうせい)」といいます。


生物間の関わり方説明図

陸上植物の80%以上が,なんらかの菌根菌と共生関係を作っていると言われており,生態系の中での物質循環に重要な役割を果たしています(※5)。菌根菌は養分を受け渡すのみならず,植物を病気から守る,乾燥時に水分を供給する,など,植物にとって様々な利点があることから,農作物の生産現場で土壌に導入する微生物資材としての利用も進められています(※6)。


マツタケを作るカビ(学名:Tricholoma matsutake)は土壌の中で菌糸を十分に伸ばし,アカマツなどの樹木の根に感染して菌根を作ります。マツタケと宿主(しゅくしゅ)となる樹木との共生関係については,(長年の研究者達の努力をもってしても)まだまだ研究の途上にあるようですが,確実に言えることは現時点で宿主の存在なくしてマツタケの繁殖はあり得ないということです。これが先に述べた「人工栽培が困難」と言われる所以です。つまり,マツタケの菌糸だけで子実体(マツタケそのもの)を作れるなら,それだけで大量供給が可能ですし,共生メカニズムが解明されて人為的に共生関係を再現できるのであれば,あとは栽培条件の検討だけで増産が可能でしょう。しかし,それが難しい。高嶺の花であるマツタケは今もって「『高値』の花」なのです。


現在も,さまざまな研究機関・企業が,細胞融合などのバイオテクノロジーを駆使するなどしてマツタケの人工栽培に関する研究に取り組んでいます。また,それらの共生関係に関する研究は,植物と菌類のせめぎあい,植物と植物との生存競争といった地球の生態系の理解にも役立つでしょう。


世の中の支え合いイメージ図

ヒトも「他者」と関わらずに生きていくことはできません。
北海道では住民とヒグマやエゾシカなどの野生動物との共生が叫ばれています(※7)。大学組織は独立行政法人となり,さらなる発展のための連携として,企業や地域との共生を模索しています(※8)。さらに,SF映画の中だけでなく,ヒトとコンピュータ,ヒトとロボットとの共生について真剣に考えなければならない時代がすぐそこに来ているようです(※9)。
残念なことにその一方で,インターネットやメールの普及によって,生身の人間同士のコミュニケーションが不足していることが指摘されています(※10)。今回の「やわらかサイエンス」を,まずは人と人との共生,自分の身の回りの支え合いを振り返る契機にしてみてください。


私は結婚してまだ数年ですが,私を叱咤激励してくれる妻には感謝の気持ちで一杯です。「いい夫婦の日」に先だって,この場をお借りして妻にメッセージを・・・。


「いつもいつもありがとう。とりあえずは金婚式を元気に迎えられることを目標に,に手を取り合ってきていきましょう。」




参考資料
※1 http://www.fufu1122.com/
※2 小川真(1991)マツタケの生物学,築地書館,p333.
※3 日本微生物学協会(1997)微生物学辞典,技報堂,p1045.
※4 M.F. Allen著,中坪孝之・堀越孝雄 訳(1995)菌根の生態学,共立出版,p208.
※5 http://www.tr.yamagata-u.ac.jp/~tawaraya/page4.html
※6 http://www.idemitsu.co.jp/agri/biseibutsu/kinkon_negi/index.html
※7 http://www.yasei.com/
※8 http://www.kitacan.jp/
※9 http://www.bureau.tohoku.ac.jp/manabi/manabi10/mm10-45.htm
※10 http://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=000619&__m=1