やわらかサイエンス

米をとがずに水質問題をとく?

第17回担当:重廣道子(2004.10)

実りの秋になりました。ぷっくりとふくらんだ黄金色の穂が収穫を待っています。既にさっぱりと刈られ、坊主頭を見せている田んぼも少なくありません。水分も香りも豊かな新米の季節です。今日では米の種類が豊富です。いつの頃からか、「米のとぎ汁は環境に悪影響を及ぼす」と言われるようになり、炊く前にぬかを洗い落とす必要がない「環境に優しい」米が店頭に並ぶようになりました。しかし、一体米のとぎ汁の何が環境に良くないのか知っていますか?どれほど悪いものなのでしょうか?米のとぎ汁の環境への影響を考えてみましょう。


稲写真
撮影:秋山 克

米のとぎ汁は、BODが高いといわれます1。BOD(=Biochemical Oxygen Demand、生物化学的酸素要求量)は、水質の汚れを表す指標として用いられます。これは、水中の有機物(汚濁)が微生物分解されるのに必要な酸素量のことです。よごれが多いほど微生物がたくさんの有機物を食べますので、より多くの酸素が消費されます。つまり、BOD値が大きい=水質汚濁の度合いが大きい、ということになります。米のとぎ汁は、脂質が高いぬかを含むため、BODが高くなります。


さらに、米のとぎ汁は、水質汚濁で問題視される成分である窒素とリンを含んでいます。窒素とリンは、「富栄養化原因物質」と呼ばれ、字の表す通り、生物の成長に欠かせない栄養物質です。リンは人間の骨や歯を作る主成分でもあり、筋肉、脳、神経の発達にも必要です。この栄養物が水中に流れると、水生植物や植物プランクトンの成長を促します。過度のプランクトンの増殖は、赤潮やアオコの発生をもたらします。その結果、窒素とリンの大量流出→プランクトンの異常発生→水中の酸素欠乏→水中生物の死滅、という壊滅的フローが出来上がります。無洗米協会2の発表によると、東京都における水質汚濁の原因の70%は生活系排水(トイレおよび生活雑排水)だということです。さらに生活雑排水だけを見た場合、57%は炊事により発生するものであり、その炊事排水中のリンの約96%が米のとぎ汁に起因するものであるというデータが出ています。


これだけを聞くと、とぎ汁は環境に非常に悪いものであるから、とぎ汁の出ない米を使うことが環境保護の視点から適切である、と思いませんか?では、ここでこの米のとぎ汁の統計結果について考えてみましょう。


窒素とリンは、米のとぎ汁だけでなく、自然、農耕地、畜産地、工場からの排水にも含まれています3。先に東京都における水質汚濁の原因に関する統計結果2を紹介しました。しかし、そこでは炊事排水中のみにおけるリンに注目しています。もう一度、東京都における水質汚濁の原因の70%は生活系排水(トイレ及び生活雑排水)であり、生活雑排水中の57%は炊事により発生するものである2というデータを見てみましょう。ここで注意すべき点は、生活排水と生活雑排水の定義が次の通り異なるということです4

  • 生活排水=し尿及+生活雑排水
  • 生活雑排水=台所から出る排水+風呂+洗濯など日常生活に伴う排水


つまり、「57%」という数字は、し尿を除いた生活排水中で炊事排水が占める割合なのです。また、「57%」と「70%」は濁物質量を表すものです。その一方で、「96%」という数字は、し尿を除いた生活排水中の、さらに炊事排水中における、米のとぎ汁由来のリンのみに着目した割合です。かなり対象が絞られていますね。


では、『自然+生活排水+農畜産排水+工業排水』という総合的な排水中に存在するリンの何%が米のとぎ汁から発生しているのでしょうか?1975年の琵琶湖流域のデータ5によると、生活排水中のリン発生量が琵琶湖流域のリン総発生量に占める割合は48%です。さらに、この生活排水中のリンの発生源は、19%がし尿である一方で、生活雑排水が占める割合は11%程度です。確かにとぎ汁は窒素とリンを含んでいますが、その他にも排水中のリンや窒素の発生原因はあるわけです。データの収集時代や対象地は異なりますが、仮にこの琵琶湖流域のデータに先の東京都の統計をあわせて考えた場合、炊事に発生源を持つリンの割合は、生活雑排水中の11%より小さくなるはずです。その11%を米のとぎ汁により発生するリンが生活排水+農畜産排水+工業排水中のリン総量に対して占める割合と解釈することも出来ます。96%が11%以下になる??頭が混乱してきましたか?どちらの数字も同じ米のとぎ汁を表していますが、比較する対象が違う場合、このように異なる数字が出てきます。これが統計の解釈の難しいところです。



排出された米のとぎ汁に解決策が無い訳ではありません。通常の下水処理システムでは窒素やリンを取り除くことは困難であったため、その存在が問題視されてきました。しかし、近年では高度な処理技術の導入により、窒素とリンの除去が可能になっています6。滋賀県の下水道処理の統計によると、窒素、リンの除去率はそれぞれ76.6%と95.9%に達しています7


ここまで幾つかのデータを見てきましたが、米のとぎ汁の環境への負荷を正しく理解していたでしょうか?逆に、とぐ必要のない米の環境への影響を考えたことがありますか?また、指標として利用される統計や数字のデータというのは、表現の仕方により、その結果が与える印象・影響は異なるものになります。一体何と何を比較して10と言っているのか、50といっているのか、考えてみる必要があるのではないでしょうか。米に限らず、現在は「環境にやさしい」と謳う品物が出回っていますが、その言葉は何を意味するのでしょうか?小さなことから改善することはもちろん重要ですが、生産→消費→廃棄・リサイクルといった全体的なフローを踏まえ、実際に水、土壌、空気を含めた一連の環境に対する負荷が小さいのかどうか、問うことが必要ではないでしょうか?


どれを選ぶかという選択権は、私達一人一人にあります。選択する為には、ただ周りに流されるだけではなく、自ら判断をすることが必要です。「いったい環境に優しいとは何を意味しているのか」、「その製品を使用することによって環境負荷は本当に軽減されるのか」etc.・・・様々な視点から問いかけ、考え、判断をし、選択をしてみませんか?