やわらかサイエンス

世界を旅する海洋の大循環

第16回担当:冨永英治(2004.09)

今年の夏は,猛暑と呼べるほどの暑さでした。日本では,ここ100年間に約1℃も気温が上昇しているそうです。今回のやわらかサイエンスでは,気候変動と密接に関わっている「海洋深層水」について触れたいと思います。


海洋表層では,大気の循環や地球の自転などの影響で,海流という流れが形成されています。では,深さ何千mの海の世界ではどうでしょうか?実は,深さ何千mの海においてもゆっくりとした流れがあり,世界の海洋を循環しています。駆動となるのは,海水の密度で,温度が低く,塩分が高いほど大きくなります。例えば,表層付近において周りの密度に比べて,大きくなるとその表層水は深層へ向かって,沈み込んでいきます。1996年,ウォーレンス・ブロッカーは,この重い(密度が大きい)海水の沈み込みよって,世界の海洋を循環する深層水の動きをベルトコンベアにたとえました。それでは,そのベルトコンベアの動きを見ていくことにしましょう。


重い海水は,世界の海洋のうち,北部北大西洋と南極海で作られます。北部北大西洋(グリーンランド周辺)では,赤道付近から北大西洋を北上する海水は温暖なため高緯度に達するまで大量の水蒸気を大気へ供給し,高塩分となり,さらに,寒冷な気候により表面海水の温度も低くなり,非常に重い海水が形成されます(図中①)。こうした重い海水は,深海へ沈みこみ,大西洋を下り,南極海まで達します(図中②)。南極海でも,寒冷な気候によって,重い海水が形成され,大西洋の海底に沈みこんでインド洋や太平洋へ北上します。北上とともに上層の海水とも混合しながら,上昇していきます。その後,上昇した海水は,深層水の反流として太平洋からインド洋へ通り,アフリカ大陸の南端をめぐって,大西洋を北上することでベルトコンベアが完成されるというわけです。このベルトコンベアが一周に要する時間は約2000年とも言われています。この世界を旅する海洋の大循環ですが,気候と密接な関係があることがわかってきました。北部北大西洋で,表面海水が冷却される場合は,表面海水から多量の熱が大気に移行することで,ヨーロッパ地域に現在の温暖な気候をもたらしています。このように,ベルトコンベアは,地球上に熱と塩分を輸送する重要な働きをしています。


ウォーレンス・ブロッカーによるベルトコンベア
ウォーレンス・ブロッカーによるベルトコンベア(蒲生俊敬(1996)を編集

近年,昔の気温がグリーランドや南極での氷のボーリングデータから,明らかになってきています。それによると,最終氷期(約7万~約1万1千年前)の気温は,上がったり下がったりの繰り返しが1000年~数千年の周期で起きていたことがわかってきています。さらに細かく見ると,10~20年で約5~10℃近く変動していることもあるというのです。つまり,異常なほどの気温変動が短期間で起きていたことになります。


この急激な気温変動の理由は,さきほどの話のベルトコンベアが一時的に停止したり,作動したりすることによって引き起こされたという説が有力なのです。確かに,ベルトコンベアの駆動は,海水の密度ですので,水温を上昇させるか,塩分濃度を低下させることで深海への沈み込みを防ぎ,停止することができます。では,誰がどのようにこのベルトコンベアを停止させたのでしょうか?


今のところ,最有力となっているのが,カナダのローレンシア地方から大陸氷河が融解してできた淡水が北部北大西洋へと流れ込んだという説です。大量の淡水が北部北大西洋へ流れ込むと塩分濃度が低下し,海水の密度も低下するため,現在での「重い海水」は,形成されず,沈み込めなくなり,その結果,現在のような熱や塩分の供給はストップし,ヨーロッパなどでは寒冷化がはじまったというシナリオです。


しかし,その後,現在に至るおよそ1万年間は驚くほど温暖で安定した気候が続いています。つまり,急激な気候変動がベルトコンベアの影響によって起因されているとすれば,ここ1万年の間,このベルトコンベアは常に作動状態であることになります。しかし,どうして,ここ1万年間は,安定しているのでしょうか?それは,いつまで,続くのでしょうか?安定状態と人間活動は無関係なのでしょうか?まだ,解けない謎の一つとなっています。




参考資料
蒲生俊敬:海洋の科学,1996.
川上紳一:縞々学,1995.