やわらかサイエンス

エビフライのしっぽと二酸化炭素

第15回担当:秋山 克(2004.08)

みなさんは、エビフライの「しっぽ」の部分を食べますか?
私はこれまで、しっぽは食べるものだとばかり思っていましたが、地層研の社員に対するアンケートでは「食べる」13人、「食べない」9人と、(私にとっては意外にも)「食べない派」も多いことが判明しました。みなさんの周りでは,果たして「食べる派」「食べない派」どちらが多いでしょうか?
今回のやわらかサイエンスでは、国民的に人気の高い食材であるエビと、最近環境問題で取り上げられることの多い二酸化炭素との関係について考えてみたいと思います。


エビフライ写真           エビフライ絵

「二酸化炭素を吸収する生き物」というと、おそらく植物を連想する方が多いと思います。緑の葉に含まれる葉緑体で行う光合成によって、空気中の二酸化炭素を吸収し、その一方でわれわれが呼吸に使う酸素も作り出してくれます。


植物による光合成とは別のメカニズムで、二酸化炭素をその体に取り込んでいる(固定する)生物がいます。サンゴや、シジミなどの貝類、そしてエビなどの甲殻類です。


冒頭で触れたエビのしっぽや殻を構成する成分は、カルシウムなどの塩類(40%)、キチン(30%)、タンパク質(30%)などです。殻に含まれるカルシウムは炭酸カルシウム(石灰/CaCO3)という形で存在しており、エビによるバイオミネラリゼーションによって殻に閉じこめられたものです。バイオミネラリゼーションとは、生物によって鉱物が作り出されることをいい、われわれの骨や歯、また宝石の真珠などもバイオミネラリゼーションによるものなのです。


エビなどの甲殻類は脱皮と殻作りを繰り返して成長していきます。その際に二酸化炭素を吸収し、水に溶けない炭酸カルシウムの殻を作るのです。エビによる二酸化炭素の固定化の作業は大変ユニークなものです。エビは脱皮する直前に殻から一部のカルシウムを胃の中に胃石としてため込み、二酸化炭素を固定化した殻を脱ぎ捨てます。そして脱皮のあとに胃石を溶かし、さらに身の回りの水からもカルシウムと二酸化炭素を吸収して再び炭酸カルシウムの殻を作ります。このようにして脱皮によって殻が捨てられ、殻を作る時にカルシウムや二酸化炭素を吸収する、といった作業を成長の過程で何回も繰り返すのです。このエビの体内で起きている殻作りの生合成経路、とりわけ経路内で、生合成反応の中心的な役割を担う物質を明らかにする研究が、エビの成長のコントロール、生物によるバイオミネラリゼーション、生物による二酸化炭素の固定、という3つの視点から今注目を集めています。


生成イメージ

現在、地球上の炭素の大部分が石灰岩つまり炭酸カルシウムとして存在しています。石灰岩の起源は有孔虫類、サンゴ類、石灰藻類などの殻や骨格などの生物起源のものと、海中から直接化学的に沈殿した無機起源のものとありますが、一般に生物起源のものが多いといわれています。


数十億年前の地球の大気には二酸化炭素が多く、とても生物が生活できるような環境ではありませんでした。しかし、地球に海が存在していたおかげで、大気中の二酸化炭素が水中に溶け込むことができたのです。一方、陸や海底の岩石からカルシウムが溶出し、これも海に蓄えられることになります。そして、化学反応によって炭酸カルシウムが生成し、海底に沈殿していきました。その後、生命が誕生し、さらに石灰質の殻を身にまとう生物の出現により、大量の二酸化炭素が炭酸カルシウムに急速に姿を変えていきました。まさにバイオミネラリゼーションが、光合成による酸素の供給と並んで、現在の地球環境を形成する重要な役割の一端を担っていたと言えるでしょう。また炭酸カルシウムはその中に太古から現在に至る、地球の生命体の歴史を刻み込んでいると言えるかも知れません。


エビによる炭酸カルシウムの合成経路の解明は、海洋における炭素循環に関わり生物圏で最大の炭酸カルシウム生産者であるサンゴを理解し、保護していくことにも役立つでしょう。また、エビによるバイオミネラリゼーションを利用して画期的な二酸化炭素の固定法が開発されれば、エビが地球の未来を救うことになるかも知れません。


余談になりますが、エビの養殖が盛んになった東南アジアでは、エビ養殖池を増やすためのマングローブ林の乱伐や養殖池からの排水(糞やエサの残り、殺菌・殺虫剤などの化学物質を含んでいる)による沿岸海水汚染が問題になっています。東南アジア各国の輸出産業として重要な位置を占めているエビの養殖ですが、エビの最大輸入国はご想像通り日本なのです。このような環境を改善・再生させるため、環境に配慮したエビ養殖技術の開発、そして持続的なマングローブ林利用への試みが、世界的に始まっています。


みなさんも、エビフライのしっぽを食べようかどうか考える時、壮大な地球環境の変遷の歴史を振り返り、また、現在の地球環境問題についても想いを馳せてみてはいかがでしょうか。