コラム

有限要素解析

数値解析/有限要素編/第1回担当:里 優(2000.11)


私が大学に入った頃(1970年代)、構造力学の世界では有限要素解析なるものが発展し始めました。これは、いろいろな境界条件をもつ構造体を「要素(element)」に分割し、この要素の集合体が、全体として支配方程式を満たすような近似解を求めようとするものです。


この数学的背景は、私自身きちんと把握しているとは言い難いのですが、これまでの仕事人生で、最も活用したツールの一つであることは間違いありません。そこで、このコラムでは、岩盤の変形挙動に関連する分野に限ってですが、有限要素解析に関する話題を取り上げたいと思います。


有限要素解析を使って便利だなと感じることは、次の二つに集約されます。
  (1)複雑な境界条件の問題が解ける。
  (2)材料の特性が一様でない問題が解ける。


これに、まさにうってつけなのが、地盤や岩盤を掘削して作られる構造物の安定問題です。トンネルなどの地下空洞では、複雑な掘削段階を踏む場合がありますが、境界条件が複雑であると同時に、これが逐次変化します。また、地盤や岩盤は、顕微鏡で見ても地球規模で見ても不均一なものであり、断層の滑りや斜面の崩壊といった、局所的に物性が不均一になる現象も見られます。


例えば、20年以上前の経験ですが、青函トンネルなどの掘削にはサイロット(底設導坑先進掘削、図-1)と呼ばれる工法が採られていました。これは、トンネル底部に小さなトンネルを掘って側壁コンクリートを先に構築し、その上で上半部を掘削して支保工を側壁コンクリートに固定するものです。この場合は、底設導坑の掘削と支保工・側壁コンクリート設置、上半部の掘削と支保工設置、下半部の掘削と支保工設置、インバートの掘削とコンクリート打設、といったように、構造系と境界条件が変化します。


図-1 サイロット工法の例(「トンネルにおける調査・計測の評価と利用」土木学会より抜粋
図-1 サイロット工法の例(「トンネルにおける調査・計測の評価と利用」土木学会より抜粋

同じ時期に、地下発電所や石油の地下備蓄基地の建設が多く行われましたが、これらの地下大空洞では、最初に天井(アーチ)に相当する部分を構築して、順次掘り下げていきます(図-2)。


図-2 地下発電所周囲の応力状態(「岩の力学 基礎から応用まで」日本材料学会編より抜粋
図-2 地下発電所周囲の応力状態(「岩の力学 基礎から応用まで」日本材料学会編より抜粋

これらのように、構造系と境界条件が複雑に変化する場合でも、有限要素解析により岩盤の応力分布や支保工に加わる荷重を求めることができたため、地盤や岩盤を掘削して作られる構造物の設計や施工管理に、有限要素解析は極めて有効なツールとなりました。


一方、これを使っていくうちに幾つかの問題が浮上してきました。一つは、切羽の支保効果の問題です。NATM工法が盛んに用いられるようになると、切羽のすぐ後方で支保工(ロックボルトや吹付けコンクリート、鋼製支保工などの補強工)が施工されるようになりました。掘削が進み切羽がこの施工断面から離れていくと、切羽が負担していた荷重の一部が、岩盤の変形とともに支保工に伝達されていきます。問題は、この切羽が負担していた荷重はどの程度なのかが解らないことでした。当時、トンネルなどの安定解析は2次元問題として扱うことがほとんどでしたから、これは困った問題でした。


また、サイロット工法では次のような疑問がありました。底設導坑を掘削する際にトンネル壁面が大きく変形するなどして、掘削に困難を極めた場合でも、上半部を掘削する場合にはそれほど大きな変形が観測されないことがあることです。下半部の掘削では、観測される変形はさらに小さくなることが多く見られました。有限要素解析で、地盤を弾性体と近似して行った場合には、底設導坑で大きな変形が観測されるように地盤の剛性を下げると、上半や下半の掘削でもやはり変形が大きくなります。


この理由としては、次にようなものが考えられました。
底設導坑の掘削によって発生する応力集中により、周辺の地盤や岩盤が塑性化(のような現象により剛性が低下)するため、底設導坑では変形が大きくなるが、上半部では塑性化により応力が減少しているために変形が少なくなる。あるいはまた、底設導坑掘削により地下水が流出し、トンネル周辺の応力が全体として小さくなるために、上半部では変形が小さくなる、などです。


岩盤斜面の解析でも問題が生じました。有限要素解析では、要素毎に応力が求まるため、これをもとに安全率(局所安全率)が計算できます。斜面の掘削解析を行うと、法尻の部分に応力集中が発生し安全率の低い部分ができますが、滑り面を形成するような形にはなりません(図-3)。他方、円弧滑り解析などでは、最初に滑り面を仮定して、滑り面上の岩盤の重量と滑り面の摩擦抵抗を比較して、滑り面全体での安全率を求めます。この二つには、大きなギャップがありました。すなわち、有限要素解析は巨視的な滑り面が生じる前の安定性を評価しているのに対し、円弧滑りなどは滑り面が形成された後の、連続性が失われた後の安定性を議論しているのです。この二つを結びつけるような安定解析手法が求められました。


図-3 斜面の有限要素解析例(安全率分布,2次元弾性解析,均一物性)
図-3 斜面の有限要素解析例(安全率分布,2次元弾性解析,均一物性)

このような背景から、つぎのような解析手法が次々に考案されていきます。


  (1)切羽の進行を考慮した2次元解析
  (2)非線形弾性、弾塑性、粘弾塑性解析
  (3)変形と地下水流れの連成解析
  (4)岩盤の不連続性を考慮した解析


次回からは、これらの解析手法を何回かに分けて紹介していきたいと思います。いずれも多くの研究者や技術開発担当者の努力により開発されており、数学的に複雑な部分もあるのですが、できるだけ分かりやすくご紹介していきたいと思います。皆様のお役に立てば幸いです。




参考
図-1 サイロット工法の例(「トンネルにおける調査・計測の評価と利用」土木学会より抜粋
図-2 地下発電所周囲の応力状態(「岩の力学 基礎から応用まで」日本材料学会編より抜粋